傘を巻く すなわち傘の身は痩せて異界にひらくひるがおの花
服部真里子『遠くの敵や硝子を』
服部真里子の第二歌集『遠くの敵や硝子を』(2018年)に収められた一首です。
「傘」といったとき、まず頭に浮かぶのは、開いた状態の傘でしょうか、それとも閉じた状態の傘でしょうか。
もちろんそのときの状況によって異なるでしょうが、傘が詠われるとき、それは開いた状態が多いような印象があります。
掲出歌は、閉じた状態の傘を詠い、そこから連想を広げていっている歌だと思います。
「傘を巻く」は、くるくると回して傘を閉じていくときの様が過不足なく端的な言葉で表現されています。ここまでは日常のよくある場面でしょう。
しかしこの歌は、そこから飛躍します。傘を巻く行為を「すなわち傘の身は痩せて」と展開しているところに独特の視線が感じられます。確かに開いた状態と閉じた状態を比べれば、閉じた状態は「痩せて」いるともいえるかもしれません。
歌はここでは終わりません。傘の身が痩せた後は「異界」が登場し、そしてそこに「ひらくひるがおの花」が現れてくるのです。
「ひるがおの花」が開いた様子は傘が開いた状態に似ているといえば似ているでしょう。傘と昼顔を重ね合わせているのですが、単にその形状を重ね合わせているだけではありません。
現在の世界の傘が閉じられたことによって、その結果として「異界」に昼顔が開くというところにこの歌の独自の世界観があり、魅力的に感じます。閉じられていく傘と、異界で開いていく昼顔の因果関係が実際にあるかどうかはともかく、その関係があるかのような展開が感じられるでしょう。
音の面でいえば、上句はK音、S音、M音を基調として進行しますが、下句はH音の繰り返しやI音が目立つかたちとなっています。その対比も、この世界と異界との対比を表しているようで、意味の上でも音の上でも惹かれる一首です。