傘の歌 #20

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傘の短歌

悪くない 置き忘れたらそれきりのビニール傘とぼくの関係
松村正直『駅へ』

松村正直の第一歌集駅へ(2001年)に収められた一首です。

ビニール傘を置き忘れてしまうことは、多くの人にとって経験のあることかもしれません。

掲出歌は、ビニール傘を置き忘れてしまう状況を自分に引きつけて詠んでいる歌です。

一般的に、雨が降るから人はビニール傘をもつのでしょう。もちろんビニール傘を使って大道芸をするなどといった例外的なケースも考えられますが、通常は雨を防ぐためとしてビニール傘は存在しています。

もしも地球上に雨が降らなければ、人とビニール傘の関係は成り立たないでしょう。雨があるからこそ、人とビニール傘の関係は生まれるのであって、これからもその関係は各々の人に訪れるものでしょう。

「ビニール傘とぼくの関係」とありますが、この関係は対等ではありません。なぜなら「ぼく」はビニール傘を選ぶことができますが、ビニール傘は「ぼく」を選ぶことはできないからです。ですから、置き忘れる行為も「ぼく」側の話であって、ビニール傘にとって置き忘れられる﹅﹅﹅状況を意図的につくりだすことは難しいでしょう。

そういう意味においては、ぼくからビニール傘へ向かう関係ではあっても、ビニール傘からぼくへ向かう関係でないのです。置き忘れるのはいつも「ぼく」側なのです。

そうはいっても、自分が何度も使用していたビニール傘に対しては、愛着というと大げさですが、所有物としての思いみたいなものが湧いてくるのではないでしょうか。そのビニール傘をどこかに置き忘れてしまったら、一体どんな感情になるでしょう。おそらく何の感情も湧かないということはないのではないでしょうか。

初句「悪くない」には、潔さと同時に若干の未練のようなものを感じます。ビニール傘一本といえど、置き忘れたくて置き忘れたわけではないところに「悪くない」のひとことが表出されたのでしょう。

この「ビニール傘」を何かの喩え、誰かの喩えというふうに読むこともできますが、ここではストレートにビニール傘そのものとして読みたいと思います。ただその背後にはさまざまな「関係」が想像できるところにこの歌の広がりがあり、印象に残る一首です。

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