短歌の楽しさを教えてくれる本はないかな?
短歌のルールは複雑なものではありませんが、いい歌をつくろうとするとそれなりに学ばなければなりません。
しかし、そもそも短歌をつくりたいわけでもないし、上達しようとも思っていないけれど、短歌を楽しみたいという人もいるでしょうが、そういう人にとっておすすめの本はあるのでしょうか。
短歌そのものを楽しむには歌集が一番でしょう。ただ歌集には短歌をどう読めばいいかが書かれていません。ある程度慣れてくれば歌集を読む喜びを感じるようになりますが、読み始めたばかりの頃はある程度方向性を示してくれる方が理解も進みますし、その歌集を読む楽しさもわかってくると思います。もちろん栞や解説などに、その歌集の読みの方向性が書かれていることはありますが、歌集に基本的にはガイド役はいないと思っていいでしょう。
短歌を楽しむに当たり、ガイド役やサポート役がいてくれる本があれば、安心してその本を読み進めることができると思います。そして何より、名ガイドであれば、より短歌の楽しさや魅力を感じることができるでしょう。
短歌ってこんなに楽しいものなんだと感じることができる一冊が、今回紹介する小林恭二の『短歌パラダイス ― 歌合 二十四番勝負 ―』です。
『短歌パラダイス ― 歌合 二十四番勝負 ―』は読んでいて本当にワクワクする一冊ですね。
カバーのそでに書かれた文章を引用してみましょう。
短歌と短歌が一対一で優劣をきそいあう伝統の競技「歌合」(うたあわせ)。この古式ゆかしい遊びを現代によみがえらせるべく、男女二十人の歌人が一堂に会した。甘やかな春の伊豆を舞台に、大ベテランから気鋭の若手まで、いずれ劣らぬ実力派の歌よみが真剣勝負に秘術をつくす。華やぎと愉楽に満ちた歌合戦の勝敗のゆくえはいずこ?
優劣、伝統、競技、遊び、真剣勝負、秘術、華やぎ、愉楽、歌合戦、勝敗…
そでの文章を読むだけでワクワクしませんか?
短歌をただ読むだけではなく、歌合という競技を通じて、短歌の勝負がまるごとこの一冊に収められているのです。ここには、歌集にはない勝負の楽しみがあふれています。
読み物として、短歌を楽しみたいという人に特におすすめの一冊です。また勝負ごとはそれほど興味がないという人でも引き込まれること間違いなしですから、もぜひ読んでもらいたい一冊です。それでは詳しく見ていきましょう。
当書のもくじ
まずは『短歌パラダイス ― 歌合 二十四番勝負 ―』のもくじを見てみましょう。
短歌パラダイスへようこそ!
1日目 地獄
- 春の嵐
- とりあえず歌合とは
- お恨みいただきますと……
- 気宇壮大なスタート
- 少年は何を恥じたか
- 判者泣かせ
- 名解釈の応酬
- 門には夕景がよく似合う
▼小休憩 ― そもそも歌合とは
- トテモ楽シカッタ
- 何とも色っぽい
- 女か男か?
- 意見がわかれるねえ
- 師弟対決
幕間 辺獄
2日目 煉獄
- あっちは張ってあるんです
- 怪態な題
- リズムが悪いー?
- 集中砲火
- イチローの打球
- 解釈はだれのもの?
- 悪いものでも食べたのか……
▼小休憩 ― 連衆の文学
- 女傑登場
- ヘンな奴対決
- 当たった歌は可哀想
- あざらしは伝統を拒否する
- バラにあらねど
- なよなよ・るいるい・はとこといとこ
- しみじみと最終勝負
天国の門
あとがき
歌合参加者紹介
当書をひとことでいえば、「歌合」の記録といえるでしょう。
歌合とは何かということですが、詳しくは「小休憩 ― そもそも歌合とは」に書かれています。簡単に説明しますと、「歌人を左右二組に分け、その詠んだ歌を一番ごとに比べて優劣を争う遊び」(Wikipediaより引用)となります。
つまり、互いに提出した短歌のどちらがいい歌なのか勝敗を決めようではないかということです。現代の短歌は、スポーツのように勝敗を前提とした競技ではなく、新人賞やコンテストなどを除けば、基本的には勝敗を決めるために短歌を詠むわけではありません。そのような短歌において勝敗を決めようというのですから、では一体どのようにするのでしょうか。
ここでは平安時代に盛んであった「歌合」のルールを踏襲し、一泊二日の歌合企画は進行していきます。つまり各チームが一丸となり、自チームの歌を褒め、相手チームの歌の欠点を指摘する、いわばディベートを行うのです。そして歌の出来そのものおよびディベートの結果を踏まえて、判者と呼ばれる審判役が判定を下します。
あまり難しく考える必要はありません。歌合の細かいルールを覚えなくても、当書は充分に楽しめるようになっています。
タイトルに「歌合 二十四番勝負」とありますが、1日目に十番勝負、2日目に十四番勝負が行われています。1日目と2日目では若干ルールが変更されており、このあたりも参加者、ひいては読者を飽きさせない趣向が凝らされています。
先ほど、当書は歌合の記録といいましたが、決して報告書のようなものではありません。読み物として非常に面白く、早く次のページをめくりたい衝動に駆られる、そんな展開が続く一冊で、最初から最後までスリリングで楽しく読むことができます。企画の成功に加え、著者の筆力によるところが大きいといっていいでしょう。
見出しは各番勝負に関わる内容ですが、実にさまざまで魅力的な見出しです。一体どんな勝負になったのだろうと想像を掻き立てられるものとなっています。
おすすめのポイント
それでは、当書の特長やおすすめのポイントを順番に見ていきます。
現代短歌の代表歌人が集結していて、これら二十名の短歌を味わうことができる
まずは、今回の歌合に参加したメンバーを見ておきましょう。歌合1日目の対戦表は次の通りで、総勢二十名の歌人が競い合っています。
勝負 | 題 | 紫チーム | くれないチーム |
---|---|---|---|
一番勝負 | 海 | 田中 槐 | 井辻 朱美 |
二番勝負 | 額 | 小池 光 | 大滝 和子 |
三番勝負 | パラシュート | 河野 裕子 | 水原 紫苑 |
四番勝負 | 燕 | 荻原 裕幸 | 三枝 昻之 |
五番勝負 | 門 | 梅内 美華子 | 永田 和宏 |
六番勝負 | 恋 | 奥村 晃作 | 杉山 美紀 |
七番勝負 | 盗む | 東 直子 | 吉川 宏志 |
八番勝負 | ねたまし | 俵 万智 | 紀野 恵 |
九番勝負 | 風 | 道浦 母都子 | 穂村 弘 |
十番勝負 | 並 | 加藤 治郎 | 岡井 隆 |
ベテランから若手まで個性をもった歌人が、伊豆の宿において二日間にわたる歌合を行いました。
短歌に興味のない人にはなじみのない名前が並んでいると思われるかもしれませんが、ある程度短歌に触れてきた人にとっては名を知られた歌人が揃っているという印象があるのではないでしょうか。個性ある歌人かつ実力のある歌人が集結したところに、この歌合の企画のすごさと盛り上がりを感じます。
歌合は、やはりあるレベルの短歌が揃わないと盛り上がらないと思います。一方、ディベートにおいても短歌を鑑賞する力をもった人が集まらないと、的を射た発言にはなりにくいでしょうし、そういう意味ではこの二十名は実に的確なメンバーだといえるのではないでしょうか。
なお審判役の判者は、詩人・歌人・俳人である高橋睦郎が務めており、この人選も抜群といえます。短歌を理解できながらも、かつ短歌に寄りすぎていない人物として、彼を置いて他に適任者はいないといえるかもしれません。
臨場感をもって、その場の雰囲気を味わえる
企画されたこの歌合の様子を最大限楽しむには、目の前でこの歌合の様子を見ることではないでしょうか。
しかし、この歌合において観客は募集されていませんし、リアルタイム配信もありません。録画の上映もありません。選ばれた歌人および判者、そして著者を含む一部のスタッフのみで実施された世界だったのです。したがって読者にとってできることといえば、当書を通して、事後に歌合の様子を知るということだけなのです。
リアルタイムに比べ、事後の報告や文章となれば、鮮度が落ちるのが一般的です。
しかし、どうでしょう。当書を読んでいると、自分がまるでその歌合の間近にいてそれを眺めているような錯覚を覚えます。そう、そのときのその場の雰囲気が伝わってくるのです。
特にディベートの部分ですが、鉤括弧を用いて歌人の発言のやりとりが展開されるあたり、今まさに各人の発言を聞いているような印象があり、発言の面白さや厳しさがどんどん伝わってくるように感じます。
これは著者の筆力によるところが大きいと思いますが、この臨場感が当書の魅力のひとつといっていいでしょう。
読み物として楽しく、常にワクワクしながらページを繰ることができる
先ほど挙げたポイントの、臨場感や雰囲気があることにつながりますが、当書は雰囲気を感じながら読むことができ、ワクワクしながらページをめくっていく楽しさがあります。
読み物として楽しくなるように構成が考えられています。場合によっては、時系列において先回りしたり、反対にその場では真意を伏せて後で明らかにしたり、単調な流れにならないような工夫が随所に見られます。
またディベートの部分に関連して、著者の読みや勝敗の行方が書かれているのもポイントだと思います。例えば、1日目の三番勝負に関しては、次のように書いています。
短詩形では往々にして、なよなよとしずぎていたり、あるいはごつごつしすぎたものが「音が美しい」「音韻的に考えられている」的な評を受けることが多いが、わたしはこのようにバランスのとれた音作りの方が数等高度であり、また美しいと思う。
歌合の司会を務めた著者ですが、歌人たちのディベートの内容前後に、私ならこう考えるという意見がはっきりと書かれているところに好感がもてますし、この歌合に登場した短歌をよりふくらませてくれる効果を発揮しています。
構成、読み、意見、展開などさまざまな面から、当書がいかに面白くなるかが考えられており、その結果読者は楽しくワクワクしながら読み進めることができるのです。
歌合参加者紹介および自選五首を読むことができる
巻末に、歌合参加者紹介が掲載されています。
参加者である歌人の簡単な経歴、この歌合で出歌した題、そして自選五首が人数分紹介されています。
経歴はインターネットで検索すればより詳しい内容を調べることができますが、「自選五首」というのはこの本が書かれたタイミングにおける自選五首であり、オリジナルといっていいでしょう。
歌合に登場した歌数首に加え、この自選五首があることで、その歌人がどんな傾向の歌を詠む歌人なのかを知る手がかりになるでしょう。特にその歌人をよく知らない場合、この五首を読むことで、その歌人や歌の魅力を発見することもあるのではないでしょうか。
自選が他者による選に比べて必ずしもいい選であるとはいいきれませんが、歌人紹介としてコンパクトにまとめられている点も当書のポイントです。
まとめ
『短歌パラダイス ― 歌合 二十四番勝負 ―』を読むと得られること
- 現代短歌の代表歌人二十名の短歌を味わうことができる
- 臨場感をもって、その場の雰囲気を味わえる
- 読み物として楽しく、常にワクワクしながらページを繰ることができる
- 歌合参加者紹介および自選五首から、歌合を振り返り、その歌人をより深く知るきっかけとなる
当書は、短歌で勝敗を決める遊びの面白さを存分に味わわせてくれる一冊です。実作に興味がある人もない人も、ワクワクしながら楽しめる内容になっています。いわゆる短歌入門の本とはひと味違う本が読みたいなあと思ったときは、ぜひ当書を手にとって、短歌勝負のスリリングな展開を心の底から楽しんでほしいと思います。
書籍・著者情報
書籍情報
著者 | 小林 恭二 |
発行 | 岩波書店(岩波新書) |
発売日 | 1997年4月21日 |
著者プロフィール
1997年 兵庫県西宮市生まれ
1981年 東京大学文学部卒業
作家・専修大学文学部教授
著書ー『俳句という遊び』『俳句という愉しみ』(以上、岩波新書) 『邪悪なる小説集』(岩波書店) 『電話男』『ゼウスガーデン衰亡史』(以上、ベネッセ) 『日本国の逆襲』『カブキの日』(講談社)ほか
(当書著者略歴より)