短歌をつくったことはないし、これからつくるかどうかもわからないけど、まずは短歌がどんなものか知りたいと思っている。楽しく短歌を知ることのできる本はないかなあ?
短歌は昔、教科書で習ったような記憶はあるけれど、どんなものだったかあまり覚えていないという人もいると思います。
また何となく覚えていたとしても、教科書で習った短歌は古い言葉が使われていたような印象が残っていて、とっつきにくかったという人もいるのではないでしょうか。
短歌の形式は『万葉集』の時代から登場し、1300年の歴史がありますから、当然それぞれの時代で詠まれてきた短歌の数々をひとくくりにして接することは難しいでしょう。
教科書的なことではなく、もう少し気軽に、現代に読まれている短歌がどういったものなのかを知りたいときに、今回の一冊を手にとってみるのはいかがでしょうか。
今回紹介するのは、穂村弘・東直子・沢田康彦の3名による『短歌はじめました。 百万人の短歌入門』です。
沢田康彦が主宰するメール短歌会「猫又」に送られてきた歌を、歌人である穂村弘と東直子が読解、批評、評価していく一冊です。お題は9つ収録されています。2人の評が明快で、とにかく短歌を読むことを楽しめますし、どういった短歌が現代に詠われているかを数々の作品を通して知ることができるでしょう。
登場する短歌はさまざまで、中には短歌形式を大きく逸脱している作品も出てくるのですが、このような自由度の高さも、当書を楽しめる要素のひとつにもなっています。
実作というよりは「読む」こと、鑑賞をメインにした内容となっています。短歌がよくわからなくても充分楽しめる内容になっています。どのお題からでも読み進められるようになっているので、肩肘張らずにページを開いてみてはいかがでしょうか。
当書のもくじ
まずは『短歌はじめました。 百万人の短歌入門』のもくじを見てみましょう。
はじめに
クリスマス
電話
傷
眼鏡
きいろ
ワイン
カラス
プロレス
オノマトペ
おわりに。あるいは「短歌はこう詠め!」
文庫版あとがき
続・文庫版あとがき
『猫又』同人プロフィール
著者プロフィール
「クリスマス」から「オノマトペ」まで9つのお題について章立てされています。
「おわりに。あるいは「短歌はこう詠め!」」は少し長めの文章であり、ここでの会話も楽しめる内容となっています。
当書は『短歌はプロに訊け!』(本の雑誌社)を改題・再編集した一冊で、「オノマトペ」は当書に特別収録されました。
おすすめのポイント
それでは、当書の特長やおすすめのポイントを順番に見ていきます。
3人の鼎談形式で楽しく読みやすい
当書は、沢田康彦が主宰するファックス&メール短歌会「猫又」に送られてきた歌を、歌人の穂村弘と東直子が選をして(いいと思う短歌を選んで)、選んだ歌に対して読解、批評していく構成となっています。
穂村弘と東直子と沢田康彦の3人による会話が鼎談形式で進んでいきます。決して堅苦しくなく、会話そのままの感じで進行していくため、臨場感をもって読み進めることができます。
例えば「クリスマス」の題に登場する歌では次のようなやりとりから始まります。
△△クリスマス何が欲しいの?その度に「カレライシュほしー」太めの2才 猪狩由貴
※註 △は評価を表しています。◎○△(優良可)。左の印が穂村選、右が東選。
沢田 穂村さん、東さん、ともに△ですね。
穂村 実体験に近い歌かなって感じがする。子供の感覚によって、ごく自然にクリスマスの書き割り的な構図を破ることに成功していて、なかなか面白い歌です。クリスマスにカレーがほしいという大人はまずいない。
東 《カレライシュ》……この響き。なんかコワい感じがしない?(笑)
このような感じで、一首を取り上げてその一首について詳しく見ていく流れとなっています。読者としては、3人が会話しているところに参加しているような印象があるので、取り上げられた歌を一緒になって楽しむことができます。
2人の選者の選の違いを楽しむことができる
「猫又」に送られてきた短歌を、穂村弘と東直子がそれぞれ選ぶわけですが、この2人がいいと思う歌が重なったり、重ならなかったりするところも見どころのひとつです。
例えば、お題「きいろ」に送られた歌90首のうち、自由題を除いて選ばれたのは22首ですが、次のような選となっています。(評価は◎○△(優良可))
- 穂村△ 東◎ …3首
- 穂村◎ 東 …1首
- 穂村△ 東○ …2首
- 穂村○ 東 …5首
- 穂村 東○ …1首
- 穂村△ 東 …8首
- 穂村 東△ …2首
これを見ると、2人が選んでいる歌はありますが、2人がともに◎や○をつけている歌はありません。
短歌は選ぶ人によって評価はさまざまです。みんながいい歌という場合もあれば、あるひとりはいい歌だといったとしても、他の人はあまりいい歌ではないと捉える場合もあります。それは短歌観の違いであったり、そのときに選をする基準が何に依るかで変わってくるのです。ですから選者の数だけ評価の軸があり、その軸が同じでないからこそ短歌の世界は面白いのだと思います。
当書では、穂村と東の2人の選の違いを味わったり、意見が一致したり一致しなかったりするところを楽しむことができるでしょう。
参加者の経歴が多彩
そもそも「猫又」に短歌を送ってくるメンバーは誰なのでしょうか。有名歌人でしょうか、それとも無名の短歌愛好家なのでしょうか。
「猫又」の参加者については、巻末にプロフィールが掲載されていますので、そこに登場する名前を列挙してみましょう。
鶯まなみ、宇田川幸洋、大内恵美、大塚ひかり、坂根みどり、ターザン山本、鶴見智佳子、長濱智子、中村のり子、那波かおり、ねむねむ、伴水、本下いづみ、やまだりよこ、吉野朔美、渡邉晴夫
プロフィールが掲載されているのは同人の一部ですが、どこかで見たことのある名前もあるでしょう。
歌人はいないようですが、俳優、映画評論家、教諭、エッセイスト、雑誌編集者、学生、翻訳家、作家、漫画家、ヘア&メイクアップ・アーティストなど、その経歴は多岐に渡ります。
ひとつの題について、ある程度の数の短歌が集まれば、そこから共通項や差異などが見えてくることがあります。一定数を集めるのにこれらメンバーは欠かせないでしょう。
この参加者の多彩さが、さまざまな短歌を生み出し、当書を盛り上げてくれているのは間違いありません。
おわりに。あるいは「短歌はこう詠め!」の内容が深い
「おわりに。あるいは「短歌はこう詠め!」」がただの「おわりに」ではなく、非常に深い内容となっています。
ここももちろん3人の会話で進行します。
「猫又」のよさ、選歌の基準について、「共感」と「驚異」について、具体物についてなど、各章の短歌鑑賞パートでは充分に触れられていない部分についても言及されています。
お題に対する短歌鑑賞の章とはひと味違った章となっており、より一層短歌に対する理解が深まることでしょう。
まとめ
『短歌はじめました。 百万人の短歌入門』を読むと得られること
- 穂村弘・東直子・沢田康彦の3人の鼎談形式で書かれているので、楽しく臨場感をもって読み進めることができる
- 穂村弘と東直子の2人の選者の選の違いを楽しむことができる
- 「猫又」参加者の経歴が多彩で、それによって提出される短歌の多種多様を味わうことができる
- おわりに。あるいは「短歌はこう詠め!」の内容が深く、短歌の奥深さを皿に知ることができる
当書は、短歌を読む、鑑賞するという点を中心に書かれた一冊です。短歌をつくったことがない人でも楽しめる内容となっていますし、短歌をつくった経験がある人にとっても参考になるところはとても多いと思います。
講義形式ではなく、著者3人の会話によって展開されていくところが面白く、また気軽に楽しみながら読み進めることができるようになっています。
特に、短歌をどのように読めばいいのか知りたいという人にとって、おすすめの一冊です。
書籍・著者情報
書籍情報
著者 | 穂村 弘 ・ 東 直子 ・ 沢田 康彦 |
発行 | 角川書店(角川ソフィア文庫) |
発売日 | 2005年10月25日 |
著者プロフィール
穂村 弘
1962年、北海道生まれ。上智大学文学部英文科卒。歌人。「かばん」所属。著書に歌集『シンジケート』(沖積舎)、『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『ラインマーカーズ』(共に小学館)、詩集『求愛瞳孔反射』(新潮社)、短歌入門書『短歌という爆弾』(小学館)、エッセイ集『世界音痴』『もうおうちへかえりましょう』(共に小学館)、『現実入門』(光文社)、ショートストーリー集『車掌』(ヒヨコ舎)、『いじわるな天使』(アスペクト)ほかがあり、『ちずのえほん』(フレーベル館)など、絵本の翻訳も多数。最新刊に、エッセイ集『本当はちがうんだ日記』(集英社)。また東直子とメールで送り合った短歌と散文をもとに、ひとつの愛の行方を描いた共著『回転ドアは、順番に』(全日出版)がある。HP「ごーふる・たうんBBS」http://www.sweetswan.com/0521/syndicate.cgi
(当書著者プロフィールより)
東 直子
一九六三年、広島県生まれ。神戸女学院大学家政学部食物学科卒。歌人。九六年「草かんむりの訪問者」にて第七回歌壇賞受賞。「かばん」所属。歌集『春原さんのリコーダー』『青卵』(共に本阿弥書店)、『東直子集』(邑書林)、共著に『現代短歌最前線(下巻)』(北溟社)、『回転ドアは、順番に』(全日出版)『愛を想う』(ポプラ社)など。戯曲「なんなんとうに雪がふる」「飴屋の夜に…」「ロビンソン*ロビンソン」「ハルニレの木の下で」など。HP「直久(なおきゅう)」https://www.ne.jp/asahi/tanka/naoq/
(当書著者プロフィールより)
沢田 康彦
一九五七年、滋賀県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒。書籍・雑誌編集者。ファックス&メール短歌の会「猫又」主宰。著書に、エッセイ『四万十川よれよれ映画旅』(本の雑誌社)、編著に『どうぶつ自慢』(弓立社)、共著に映画評論集『映画的!』(フィルムアート社)、『映画のあとに』(キネマ旬報社)。映画プロデューサー(兼一部脚本担当)として、『シニカル・ヒステリー・アワー』(玖保キリコ監督)、『ガクの冒険』『うみ・そら・さんごのいいつたえ』『あひるのうたがきこえてくるよ。』(椎名誠監督)、『ファザーファッカー』(荒戸源次郎監督)等に参加。OCNのネット番組「Talking Japan」のMC。
(当書著者プロフィールより)