〈今年初めて製氷皿に水を入れ夏の居場所を作っています〉という巻頭歌で始まる、笹本碧の遺歌集は何?
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『ここはたしかに 完全版』
『ここはたしかに 完全版』は2020年(令和2年)に出版された、笹本碧の遺歌集です。
笹本碧は病気のため、2019年6月に34歳の若さで亡くなりました。
2019年(令和元年)には『ここはたしかに 臨時版』が出版されていますが、臨時版では収録歌数が161首に留まっています。編集チームによって刊行された完全版では、臨時版収録作品に加え、職業詠や闘病詠を含めた453首を収録しています。
本歌集の特徴として、まずは地球や宇宙への興味を感じさせる歌が多くあり、スケールの大きな世界が拓かれていると思います。
そして日常生活や職場を詠った歌にも惹かれるものがあります。通勤の行き帰りに詠ったと思われる歌も見られますが、そのときにも空や宇宙などが登場し、自分の存在と天体との対比あるいは融合が広がりをもって詠われているように思います。
後半は、病気と向き合う著者の姿が現れ、手術や入院の場面や闘病の日々が歌として体温をもって読み手に伝わってきます。
本歌集刊行の経緯や、著者のこれまでの人生や歌歴については、栞や解説などに詳しく書かれています。詳しい背景を知らずに読むのと、背景を知ってから読むのとでは、また見え方が変わってくるかもしれません。
著者の歌の続きを読むことはもうできませんが、本歌集の歌々からは、天文、動植物、仕事、家族、生活、人生などさまざまなものに対する興味、関心、憧れ、熱意を感じます。
スケールの大きさと、細かな部分を見つめる目が交差する魅力的な一冊だと思います。
『ここはたしかに 完全版』から五首
日が暮れて月が光り出すその一瞬私はなんで泣きそうになる
月餅のカロリーなんて知らずとも七年歩けば月へ行けるよ
偶然は積み重なって丸くなるここはたしかに地球の上だ
見上げればそこにいるよね彼のひとの夢を受け継ぐきみはハッブル
ミダゾラム使う怖さの意味を知らぬまま短歌を作るそれでもいい作ってみる