〈少しずつ月を喰らって逃げている獣のように生きるしかない〉という巻頭歌で始まる、虫武一俊の第一歌集は何?
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『羽虫群』
『羽虫群』は2016年(平成28年)に出版された、虫武一俊の第一歌集です。2008年(平成20年)から2015年(平成27年)まので308首を収録しています。
本歌集を通して読むと、内向的で人とうまく関われない一人の人物像が浮かび上がってきます。
詠われている内容は、決して楽しくて明るいとはいえないものです。しかし、一首一首に自分と向き合う深さがありますし、ただ単に否定的で自分を責め続けるといった印象はありません。
切羽詰まった場面も登場しますが、自分自身を客観的に見つめる目が確かであり、確かであるがゆえに詠いぶりにどこかしら余裕を感じさせます。
詠われている内容と読み手である自分とを時折重ね合わせながら、一首一首を味わっていく楽しみがあります。
世間一般では真っ先に排除される「弱み」が、短歌という枠組みを与えられることで、別の側面からの価値観を見せることができる。
あとがきで、著者はこのようにいっていますが、本歌集の短歌は「弱み」の連続が詠われているともいえるでしょう。
この弱みは短歌という形式を通して味わうからこそ、ただの弱みに終わらずに済んでいます。この弱みは生きることや働くこと、果ては死ぬことなど人生の大きな問いに関わってくるのです。
弱み自体もオリジナルでありながら、その弱みをどのように歌にするかもオリジナルなのです。著者だからこそ生まれた歌群をじっくりと堪能したい一冊です。
巻末の石川美南の解説「だんだん楽しくなるいきどまり」には、著者との出会いから歌集を出すまでの様子、著者の人物像などが詳しく書かれています。
本歌集にて、2016年(平成28年)第42回現代歌人集会賞受賞。
『羽虫群』から五首
生きかたが洟かむように恥ずかしく花の影にも背を向けている
防ぎようのなく垂れてくる鼻水のこういうふうに来る金はない
三十歳職歴なしと告げたとき面接官のはるかな吐息
畳まれる途中のままで一年を過ごした座椅子もあることだろう
行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり