きみからのメールを待っているあいだ送信メール読み返したり
萩原慎一郎『滑走路』
萩原慎一郎の第一歌集『滑走路』(2017年)に収められた一首です。
手紙と違い、メールの場合は送信後時間を置かずすぐに相手のもとに届きます。伝達速度が格段に速くなったといえるでしょう。
しかし、メールは一旦送信してしまうとたちまち相手のもとに届くので、やり直すということが難しいものです。一旦送信ボタンをクリックすれば、基本的には削除はできません。手紙の場合はポスト投函後に、もしやっぱり送りたくないと思ったとしても、郵便回収の人が来るタイミングでお願いすれば、取りやめることはできるでしょう。メールではその取りやめができないのです。
さて、掲出歌はそんな情報伝達の速度が増した現代ならではの一首だと思います。
メールはすぐに相手に届く分、相手から返事がある場合もすぐに自分のもとに届くはずです。しかし、相手から一向に返事がないとなると、心配になるものです。まずはきちんと相手にメールが届いているかを確認するでしょう。そして間違いなく送信できていれば、今度は送信した内容や文面に問題がなかったかを確認してしまいます。
もちろん、相手にも事情があり、ただ忙しく返信できていないだけなのかもしれませんが、返事がこない時間というのは、送信したメールに何か不備があったのではないかと考えてしまうものなのです。
送信した相手が自分にとってどうでもいい相手であれば、これほど気にする必要はないのですが、自分にとって大切な相手であればあるほど、返事がないということに対して、あれこれと悪い方向へ想像してしまうものではないでしょうか。
「送信メール読み返したり」というのは、まさにそれで送信メールの文面に相手を傷つける言葉が含まれていなかったかとか、気に障るようないい回しがなかったかとか、考えてしまっているのでしょう。
メールというのは大変便利なツールですが、直接相手と向き合って話すわけでもなく、メールだけでは相手の表情が見えません。また伝達速度の速さという特徴から、この歌のような状況が生まれてしまうのかもしれません。
メールを送る、メールを待つ、たったそれだけのことなのですが、主体にとってはたったそれだけのことではない、そんな気持ちが深く伝わってくる一首ではないでしょうか。