眠りたくなつて眠つて目が覚めて食べる排泄する歩き出す
石川美南『架空線』
石川美南の第四歌集『架空線』(2018年)に収められた一首です。
この一首は「脱ぐと皮 ―爬虫類カフェ訪問前後」という一連に置かれた歌で、人間ではない生き物のことを詠っているのかもしれませんが、詠われている内容は人間にもそのまま当てはまると思います。
生きるとはどういうことか。
人生の目的は何か、どのように生きていけば充実した人生を送ることができるのか、など色々と生きることについて考えることはできるでしょう。
しかし、それはある程度安全に生きる状態が保たれてからの話かもしれません。
マズローの欲求五段階説でも、生理的欲求や安全の欲求が下層に位置し、承認欲求や自己実現欲求は上層に位置しています。
承認や自己実現をいう前に、まずは生きていくために本能的な部分が最初に表れます。掲出歌はまさにこの部分をわかりやすく、ストレートに伝えてくれているでしょう。
眠るのは「眠りたくなつて」眠るのであり、眠ったあとは「目が覚めて」、そしてお腹が空いたから何かを「食べる」。食べてしばらくすると「排泄する」。さあ、体の調子も整ったところで「歩き出す」。このような感じではないでしょうか。
当たり前といえば当たり前ですが、生きるということの基本的な部分がこのような動作の繰り返しなのかもしれません。
これをすっとばっして、人生の目的や自己実現を声高にいったところで、どこか空虚に響いてしまうものなのです。
生きるということは、きれいごとだけではなく、時に泥くさく、また決まりきったことの繰り返しであることを感じさせてくれる一首ではないでしょうか。