伸びしろがある人間になりたいと伸びしろばかり伸ばした日々は
堀合昇平『提案前夜』
堀合昇平の第一歌集『提案前夜』(2013年)に収められた一首です。
「伸びしろ」とは、”人間的または能力的に成長する余地”を意味する言葉です。つまり、「伸びしろがある」といえば、まだ能力を出し切ってはおらず、今後成長していく可能性を残していることを表すため、通常いい意味合いで使われることが多いでしょう。
掲出歌では「伸びしろがある人間になりたい」と詠われています。今はまだ成長しきってはいないけれど今後成長する余地がある、そんな人間になりたいというのは、成長が打ち止めになっているような人間よりも、よほど求められる姿かもしれません。
しかしその「伸びしろ」は、やがて成長してどこかの時点で回収しなければ意味がないといえば意味がありません。掲出歌では「伸びしろばかり伸ばした日々は」と続いていきますが、伸ばしっぱなしではいつまでも余地を残したままの状態が継続されるだけなのです。
歌の場面は、具体的には仕事の場面かもしれませんし、反対に仕事とは離れた場面かもしれませんが、生きることそのものについて大きく捉えている場面と見ていいようです。
下句に、この歌の見どころがあり、何ともいえない主体の思いが滲み出ているように感じます。
「伸びしろばかり伸ばした日々」はいいかえると、それほど成長していないというふうにもいえるでしょう。余地ばかりを伸ばすということは、今現在成長することではなく、成長を未来に先延ばしにしているといってもいいかもしれません。
そのような日々を振り返ったとき、そこには少しのさびしさと同時に気概のようなものも見え隠れしているように思います。当時の日々は直接成長にはつながっていないのかもしれませんが、一方で「伸びしろばかり」を伸ばすことができなくなった今があるのではないでしょうか。「伸びしろ」を見つめていた時期が、あるいは羨ましく感じる主体がそこにはいるように伝わってくるのです。
「伸びしろ」「伸びしろ」「伸ばした」と展開するリズムのよさも魅力的です。似たような言葉が並び、語彙の種類の少ない歌ですが、そのリズム感とともに、さびしさと滑稽さと自身に向き合う姿などが重ね合わって伝わってきて印象に残る一首となっています。