人生の歌 #49

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人生の短歌

青春をかけて作りし筋肉でトイレの水を運ぶ人生
矢部雅之『友達ニ出会フノハ良イ事』

矢部雅之の第一歌集友達ニ出会フノハ良イ事(2003年)に収められた一首です。

何のために人は筋肉を鍛えるのでしょうか。

格闘技、ボディビル、自己アピール、モテるためなど色々と目的はあるでしょう。またはっきりした目的がなくても、適度な筋トレは疲れにくい体を維持するために役立つでしょう。

掲出歌では「青春をかけて作りし筋肉」が登場します。この歌は、作者がアフガニスタンのカブールを訪れた際の一首で、歌と写真と文から構成された「友達ニ出会フノハ良イ事 2001・9~2002・1」という章に収められています。

二十代後半くらいだろうか。筋肉質な人の多いアフガン男性の中でも一際厚い胸板の持ち主だ。「タリバン時代の前はボディビルダーだった」と言うといきなり袖をめくりあげ、腕の筋肉を盛り上げて見せた。

掲出歌のページに書かれた文章の一部ですが、横にはこの若い青年の写真が添えられています。

作者が泊まったホテルの部屋では水道が出ないため、コンシェルジュが待機していて、頼めばバケツの水を運んできてくれるようです。その水を使って顔を洗ったり、トイレに流したりすることが書かれています。

歌に登場する筋肉の持ち主は、この筋肉質のコンシェルジュのことを指しています。

かつてのボディビルダーは、時代の移り変わりに従い、コンシェルジュになりましたが、それにより筋肉の使いどころが変わってしまったのです。「トイレの水を運ぶ人生」という言葉でまとめてしまうと、あまりにももの悲しい印象を受けてしまいますが、その筋肉は水を運ぶことに役立っていることは間違いなさそうです。

ボディビルダーとトイレの水を運ぶこととのギャップに驚きますが、読み手が勝手にそのように捉えてしまうのかもしれません。一緒に掲載されている写真に写ったこのコンシェルジュの顔は笑っているようにも見えるからです。もちろん、このコンシェルジュの「青春」には、こちらの知り得ない人生の深い時間があったのでしょう。

「青春をかけて」を失ったものと捉えるのではなく、筋肉をたくましくしてきた時間そのものの貴重さと捉える方が、人生にとってはよほど有益だと思います。

「トイレの水を運ぶ人生」、それもひとつの人生であると考えさせられる一首です。

バケツの水
バケツの水

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