ひぢまくらして客を待つ信楽の狸もぐわんばらないを主義とす
吉岡生夫『草食獣 隠棲篇』
吉岡生夫の第六歌集『草食獣 隠棲篇』(2005年)に収められた一首です。
信楽は滋賀県甲賀市に位置する地名で、陶磁器の信楽焼で知られています。
そして福を呼ぶ縁起物として、狸の置き物が有名です。なぜ狸かといえば、”他を抜く”、”太っ腹”がその由来ともいわれています。信楽にいくと、店先や道沿いで小さな狸から大きな狸までたくさんの狸の置き物を目にすることができます。
さて掲出歌は、そんな「信楽の狸」が登場する歌です。
「ひぢまくら」をしている狸の姿から、そして「ぐわんばらないを主義とす」から、無理をせず、ありのまま生きていこうという様子が伝わってきます。実際の狸ではなく信楽の狸というのもポイントで、絵や作品などでつくられる狸のとぼけた顔のイメージともこの雰囲気がつながっているでしょう。
旧かなづかいの「ぐわんばらない」がよく効いた一首だと思います。”がんばらない”よりも「ぐわんばらない」の方が、よりだらしない感じがして、この主義にはよく合っているのではないでしょうか。
「狸も」の「も」からは、狸を見つめる自分自身も「ぐわんばらないを主義と」していることが窺えます。もっといえば、狸の主義をもち出しながら、実は自分の主義を表現しているのです。自分の主義を表面立てていうよりも、狸を引き合いに出している点が、この歌の非常に巧いところだと思います。
どのように生きていくかは本当に人それぞれですが、「ぐわんばらない」主義もそのひとつの生き方でしょう。”がんばる”ことも大切ですが、「ぐわんばらない」ことも同じくらい大切であることをこの歌は気づかせてくれるのではないでしょうか。せかせかとしておらず、余裕のある様が伝わってくる一首です。
※正式には、吉岡生夫の「吉」は上の横棒が短い漢字。