雷龍の国にてしのぐ霧雨の、此の人生が一度しかない
光森裕樹『鈴を産むひばり』
光森裕樹の第一歌集『鈴を産むひばり』(2010年)に収められた一首です。
「雷龍の国」とはブータン王国のことです。
掲出歌は「雷龍に乗る」という題の一連最後の歌ですが、作者はブータン王国へ旅に行ったのでしょう。そこで霧雨に遭い、霧雨を凌いでいる場面が詠われています。
そして霧雨を凌いでいるときに感じた「此の人生が一度しかない」という思いが、読み手に強く伝わってきます。
前世や来世といったことを考慮しなければ、一般的に人生は一度きりであり、やり直しがききません。そして、そのことを大抵の人は知っています。いってみれば、人生が一度きりであるというのは当たり前のことで、一度しかないからこそ、泣いたり笑ったりがより貴重で尊く感じられるのだと思います。
しかし、日常の生活においては、目の前で起こることに必死で、この当たり前の「人生が一度」ということを往々にして忘れてしまっているものです。
「人生が一度」という意識は、日常よりもむしろ非日常の中でより強く意識されるものなのかもしれません。
掲出歌は、まさに作者の日常からは遠い異国での、霧雨という特異な経験によって、人生が一度であるということが強烈に意識されたのだと感じます。
三句の後の読点がとても効果的で、「此の人生が一度しかない」を改めて意識したという様子が印象深く伝わってきます。
下句はストレートな物言いですが、雷龍の国での霧雨という場面においては、この言葉のストレートさがかえって生の実感をくっきりと伝えてくれるように思います。
人生は一度きりであることを忘れそうになったとき、いつもこの一首が不意に心に浮かび上がってきます。その度に、今の人生は一度しかないことを認識しなおし、生に対する思いを改めさせられています。
ブータン王国を訪れたことはありませんが、この歌は何度も何度も愛唱する一首です。