生きたいと思えるようになるまでは生きると決めて膨らます肺
島楓果『すべてのものは優しさをもつ』
島楓果の第一歌集『すべてのものは優しさをもつ』(2022年)に収められた一首です。
生きるということは、日々問いかけの連続であり、決断の連続でもあります。また生きていれば、なぜ生きているのかという”生きる意味”を探したくなることもあるでしょう。
心の底から人生に納得して生きている人は、この世に一体何人いるのでしょうか。
「生きたいと思えるようになる」という心境になることができれば、それはとても素晴らしいことのように思います。けれどもそのような心境になれる人ばかりではないことも事実でしょう。
主体はまだ「生きたいと思えるようになる」ところまではいっていません。しかし「生きたいと思えるようになるまでは生きる」ということを決断したのです。これは大きな決断だと思いますし、同時に肯定的な決断でしょう。
今はまだ心の底から「生きたい」というふうには思えていないけれども、いつか本当に「生きたい」と思えるようになる日が来ると信じて、その日までは生きてみようという思いが表れています。
「膨らます肺」は大きく呼吸をしたということでしょう。生きることは呼吸をすることでもあり、通常呼吸が止まってしまえば生きていくことはできません。
「生きたい」と「生きる」は同じではありません。「生きたい」には意志が入っていますが、「生きる」には必ずしも意志があるわけではなく、状態を表しているだけの場合も含みます。
しかし主体が「生きる」と決断したことに晴れやかな思いを感じますし、肺の膨らみは、今後の希望のようなものを暗示しているのではないでしょうか。
現状は「生きたい」と思っているわけではありませんが、そう思えなかったとしても「生きる」と決めたところが何よりも大切なことだと思います。
この歌は決して後ろ向きではなく前を向いている歌であり、読み手の心を楽にしてくれる印象深い一首だと感じます。