生まれたくなかったなんて思わずに生きてこられたという僥倖
水野葵以『ショート・ショート・ヘアー』
水野葵以の第一歌集『ショート・ショート・ヘアー』(2020年)に収められた一首です。
この世に生まれるということは、自らの意思で選択できることではありません。自分が望もうが望むまいが、何かしらの大いなる力によってこの世に誕生してきます。
生まれてきてよかったと思うのか、生まれてきたくなかったと思うのか。それは生まれた後で思うことであり、生まれる前にその意思選択をして、生まれる・生まれないを選ぶことはできません。
ですから、生まれてきた以上、生まれてきてよかったと思う方が、生きていく上では幸せでしょう。
掲出歌は、人生に対する感謝と肯定に満ちた一首だと思います。
「僥倖」とは”幸運を願い待つこと”という意味もありますが、ここでは”思いがけない幸運”の意味で用いられていると捉えたいと思います。
「生まれたくなかったなんて思わずに生きてこられた」というふうに感じることができるのは、本当に幸運なことなのではないでしょうか。
「生まれたくなかった」と思わずにいることは、生きることにフィットしているということ、そしてそのように「生きてこられた」というのはまさに「僥倖」なのでしょう。
人生は否定しながら生きるよりも、肯定しながら生きる方がよほど生きやすいと思います。
この歌に詠われているように、肯定的に生きてこられたのは僥倖なのかもしれませんが、それは主体の意識や考え方が積もり積もって結果的に僥倖を呼び寄せたともいえるのではないでしょうか。
僥倖でありながらも、主体の肯定的な姿勢のようなものをその背後に感じる一首であり、一首全体を通して否定的な要素が見られないところに読み手のこちらまで心が晴れ晴れとしてくる一首です。