もうたりひんことをかぞえるひまはない
このひとたちと生きていきます
今橋愛『としごのおやこ』
今橋愛の第三歌集『としごのおやこ』(2018年)に収められた一首です。
「もうたりひんことをかぞえるひまはない」と詠われていますが、この宣言のようなフレーズが力強く迫ってきます。ここからは、足りないことを見つめるよりも、今あるものを意識して生きていこうとする思いが感じられます。
人生という有限の時間において、どこに、どのように目を向けて生きていくかで、人生の充実度というのは大きく変わってくると思います。
お金であれ、モノであれ、地位であれ、自分が手にしていないものに目を向けるのは、常に不足感にとらわれた日々を送ることになるでしょう。
一方、今あるものに感謝するという視点をもって生きていくことができれば、人生は豊かになると思います。
例えば、自分は給料も安いし、車ももっていないし、住んでいる部屋も広くないといったふうに思って過ごすと、不足感ばかりに目がいって今あるものに気づきにくくなります。
確かに自分が望むものが手に入っていない状況はあるかもしれませんが、そのようなときでも、今あるものに目を向けるだけで、自分の人生は案外恵まれていると気づくことができるのではないでしょうか。
たとえ給料は安くても毎日三食食べることはできているし、車がなくても移動することはできるし、部屋は狭くても雨露を防ぐ部屋で毎日安心して眠ることができる。同じ現状でも考え方次第で、幸せを感じることができるでしょう。
掲出歌の後半の「このひとたち」はおそらく家族を指しているのではないでしょうか。
足りないものを考えるよりも、今あるものを見つめ、そのあるものに感謝しながら、家族と一緒に生きていこうとする思いが豊かに感じられます。
「このひとたち」と私がそこにいる、それだけでもう充分満たされているというあたたかさがこの歌から伝わってきます。
今あるものに感謝することの大切さに気づかせてくれる、とても印象に残る一首です。