わけもなく家出したくてたまらない 一人暮らしの部屋にいるのに
枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』
枡野浩一の全歌集『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』(2022年)に収められた一首です。
「家出」というとき、通常は家族と暮らしている家があって、そこから出たいという場合に使います。しかし、この歌で面白いのは、「一人暮らしの部屋にいるのに」「家出したくてたまらない」と感じているところです。「一人暮らし」と「家出」のミスマッチ感が、この歌を忘れられない一首にしているのだと思います。
さて、初句に「わけもなく」とあるので、明確な理由があって家出したいと感じているのではないのでしょう。けれども「家出したくてたまらない」なので、家出したいという思いが急激に盛り上がってきて、かなり強くなっていることは窺えます。
一般的に家出の主な理由は、家族や同居人と一緒にいたくないということが考えられますが、一人暮らしの場合、そのような悩みに苛まれることはありません。なのに、家出したいというのはどういうことなのでしょうか。別にどこか別の場所に出ていかなくても、今いる部屋に過ごしていても一人なわけですから、人間関係で悩む必要はないので、わざわざ家を出ていく必要はないと思われます。
ここで一人暮らしの部屋にいるのに家出したくてたまらなくなっている理由を二つ想像してみました。
ひとつは、「一人」でいることがつらくなって、反対に人とのつながりを求めているということがあるのではないでしょうか。一人暮らしをやめて、誰かと一緒に暮らすことができるどこかの場所への希求が「家出したくてたまらない」を引き出しているのかもしれません。
もうひとつは、自分の居場所はここではないという思いが湧き上がってきたのではないでしょうか。いってしまえば”自分探し”です。どうも今いる場所が、自分の居場所のように思えなくなって、どこか遠くに理想の居場所があるのではないかという思いが出てきたのかもしれません。仮にどこか遠くに引っ越して、同じように一人暮らしを始めても、しばらくすると「家出したくてたまらない」気持ちが再び湧いてこないとも限りません。そうなると、家出したいのは、一人暮らしなのか誰かと一緒に住んでいるのかの違いというよりも、今いる居場所に対して納得できるかどうかにかかっているような気もします。自分の居場所を納得できれば、「家出したくてたまらない」は収まっていくのかもしれません。
上のような二つのケースを想像してみましたが、あまり深く読み込みすぎる必要もないとも感じます。この歌は読んでいてリズムもよく、何より「家出」と「一人暮らし」の対比が魅力的であり、「わけもなく」「たまらない」「いるのに」といった語が効果的に配置されているところが素敵な一首であるので、読んだときの面白さを純粋に第一に味わえばいいのかもしれません。
難しい言葉はひとつも使われていないのに、味わい深く印象に残る一首です。



