途方もなく未来のことを託される前売り券が重たくて春
塚田千束『アスパラと潮騒』
塚田千束の第一歌集『アスパラと潮騒』(2023年)に収められた一首です。
前売り券にも色々とありますが、音楽コンサートや映画鑑賞のチケットでしょうか、それとも飛行機などの交通手段におけるチケットでしょうか。
「前売り券」とだけあるのでどのような内容の券かはわかりませんが、中身に関わらず「未来のことを託される」という点は共通していると思います。
前売り券を手に入れるということは、今この瞬間に起きるイベントに対してではなく、未来に起こるイベントに対して購入する、あるいはもらうということでしょう。そこには前売り券を手に入れるタイミングと、イベントの起こるタイミングにタイムラグが生じます。
前売り券を手に入れた瞬間から、イベントが発生するまでの間、ある意味では、その時間は拘束されているといえるのかもしれません。本来、未来は不確定でわからないものだと思いますが、前売り券によって発生する未来のイベントに関わる時間だけが、今ここではない未来の一部分を既定してしまっているといえるでしょう。
「重たくて」とありますが、主体にとっては、前売り券があることにより、未来の一部分が不確定ではなくなることが、心に重くのしかかってきているのだと思います。「途方もなく」「重たくて」から特にそのように感じます。
これからさまざまなことが芽吹いていくであろう春という季節において、たった一枚の前売り券があることで、芽吹きの自由度が狭められているような印象を受けます。
春という季節だからこそ尚更、前売り券をもたない状況の方が心が軽やかだったのではないか、そんなことを考えさせられる一首です。
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