楽になる時はあるときふっとくる あるときふっとはいつやってくる
中津昌子『風を残せり』
中津昌子の第一歌集『風を残せり』(1993年)に収められた一首です。
生きていくことが楽で楽しくてしかたないという人は珍しいかもしれません。あるいはそんな人でも、長い人生の中では、つらい、しんどい時期もきっとあったのではないでしょうか。
人生うまく楽しくいっているときは、自分の人生を見つめる機会はそれほど多くないでしょう。しかし、人生がうまくいっていないとき、つらいときほど、自分の人生を深く何度も見つめてしまうのだと思います。
何もかもが嫌になってしまいそうなとき、くじけそうなとき、このつらさは一体いつまで続くのかと考えずにはいられません。そんなつらい状況を乗り切るのに、このつらさは期間限定、きっと「楽になる時」がくると思えるかどうかは、結構大切なことかもしれません。
「楽になる時はあるときふっとくる」、そう思えるかどうかが、今のこのつらい状況を踏ん張れるかどうかに関わってくるでしょう。いや、そう思わずには今のこの現状をやり過ごすことはできないのかもしれないのです。
しかし、下句で「あるときふっとはいつやってくる」とあり、楽になるときがくるという期待は裏切られてしまいます。
「楽になる時」はいつになってもやってくる気配がないのでしょう。「あるとき」はまだやってこず、「ふっと」もやってこないのです。
「楽になる時」がくるというのは幻想なのでしょうか。勝手な思い込みなのでしょうか。
この歌では、「あるときふっとはいつやってくる」というやや客観的に見る余裕があるため、究極に追い込まれた状況ではないとも想像できます。しかし、楽ではないという状況に変わりはないでしょう。
「楽になる時」を夢見て、主体は今日も明日も懸命に生きていく、その姿が背後に滲み出ていて、軽妙な言葉捌きながらも深さを伴った一首に感じられます。