視聴覚室の無数の穴に棲む虫チンアナゴみたいな動き
田中有芽子『私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない』
田中有芽子の第一歌集『私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない』(2023年、新装版)に収められた一首です。
視聴覚室に見られる無数の穴は、有孔ボードと呼ばれるもののようで、音の反響を抑えてクリアな音質を実現するために設置されています。
音質が大事となる音楽室や音楽ホールなどでも同じように無数の穴は見られます。
さて、主体は、この無数の穴に小さな虫をひとつ、あるいはいくつか見つけたのでしょうか。何の虫かは明示されていませんが、虫そのものが何かよりも、虫の動きに注目しています。
虫の動きは砂から出たり砂に潜ったりするチンアナゴに喩えられています。虫は有孔ボードの穴から出たり入ったりしているのでしょう。それを見たからどうということはないのですが、視聴覚室において、海の生き物であるチンアナゴを想像したというところを楽しめばいいのだと思います。
実際すべての穴に虫がいるわけではないのでしょうが、「無数の穴に棲む虫」という語順と詠われ方によって、この虫が視聴覚室すべての穴に棲むような錯覚を抱かしてくれる点が巧いと思います。
無数の穴に無数の虫を想像させられることで、若干の不気味さをもたらしてくる一首ではないでしょうか。



