変声期ひと知れず終え少年の五線譜に無数のゆりかもめ
鈴木加成太『うすがみの銀河』
鈴木加成太の第一歌集『うすがみの銀河』(2022年)に収められた一首です。
変声期とあるので、この「少年」は小学生高学年か中学生くらいの年齢なのでしょう。
変声期は、特に自分が殊更主張しなくても、以前と比べて声が変わっていくので、周りから”声変わりしたね”などと声をかけられることが多いと思います。
しかしこの歌では「ひと知れず終え」とあります。変声期はやってきたのだけれど、以前と比べてそれほど声が変わった感じを周りは受けなかったのでしょうか。あるいは、この少年はあまり人と会話することがなく、声そのもののを周りの誰かに伝える機会が少なかったのでしょうか。
少年の立場から見て、変声期を誰かに知ってもらいたかったのか、それとも誰にも知られたくなかったのか、どちらでしょうか。そのヒントとなるのが、下句なのではないでしょうか。
「五線譜に無数のゆりかもめ」とは何とも詩的な表現だと思います。音符をゆりかもめのシルエットになぞらえているわけですが、無数のゆりかもめは五線譜に留まっている感じはなく、今にも飛び立ちそうであり、羽根を動かしている、そんな印象を受けます。
それは五線譜に乗ったゆりかもめが奏でる音楽の躍動感のようなものを感じさせてくれるのではないでしょうか。そう考えると、変声期をひと知れず終えたことは、少年にとってかなしいことではなく、むしろ期待に満ちた好ましい結果だったのではないかとそのように思えてきます。
無数のゆりかもめは、ただの比喩ととらえるよりも、むしろゆりかもめの生命感そのものを感じとるように読むほうが、この歌は活きてくるように感じます。
五線譜と無数のゆりかもめが結びつくことで、生き生きとした世界が展開していき、その世界はこれからも無数のゆりかもめによって奏でられていく、そんなイメージを抱くことのできる一首なのではないでしょうか。