ひとひらの風花をまなじりに受けすでに無数のかざはなと知る
渡辺松男『雨る』
渡辺松男の第九歌集『雨る』(2016年)に収められた一首です。
「風花」とは、晴れた日に花びらが舞うようにちらつく雪のことですが、まず登場するのは「ひとひらの風花」です。雪といわず、風花という語が使われるだけで、ある雰囲気がそこに生まれています。
その風花をまなじりに受けたのですが、風花がまなじりに触れたことで、その存在を主体は触覚として認識しているのです。
注目したいのはこの後の展開です。
「すでに無数のかざはなと知る」と詠われることで、ひとひらの風花の場面から、「無数のかざはな」へと一気に場面が広がっていく様を感じとることができるのではないでしょうか。
風花はたった一片が舞っていたのではないのです。主体に触れた最初の一片はいちまいの風花だったかもしれませんが、そのときすでに主体を包む空間には、「無数のかざはな」が存在していたのです。
確かにそこに無数のかざはなは存在していたのでしょうが、主体が認識するまでは風花は、主体にとっては存在していなかったのと同義なのでしょう。
無数を認識するきっかけは、たったひとひらの風花であり、まなじりに触れた瞬間、まるで何かのスイッチが押されたかのように、ひとひらの風花は無数のかざはなへたちまち変わり、無数の満ちた空間に主体は送り込まれてしまったように感じられます。
「すでに」という語の挿入が、とても鮮やかに決まっていると思います。時間を遡るような意味合いを含んだこの語は、この歌のキーといってもいいかもしれません。
瞬間的に無数のかざはなが現れる効果を果たし、読み手はひとひらから無数へのあっという間の展開に喜びを感じることができる、そんな歌に感じられ、とても印象に残る一首です。