無数の歌 #16

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無数の短歌

天神の樹の電飾のあたたかき無数さよならのやうに無数
染野太朗『初恋』

染野太朗の第三歌集初恋(2023年)に収められた一首です。

「天神」とは福岡市の天神エリアのことでしょう。

季節は冬でしょうか。イルミネーションされた樹が詠われており、その「電飾」に注目していますが、電飾の明るさや光の具合を直接いうのではなく、”あたたかさ”を詠っているところに視線の丁寧さを感じます。

イルミネーションは、ついついその色鮮やかさ、光のカラフルに輝くところに目がいきがちですが、その温度に思い到ることはあまりないのではないでしょうか。

「あたたかき」は電飾のあたたかさを伝えているでしょう。と同時に下句の「無数さよならのやうに無数」へとつながっていきます。

電飾はひとつの光源ではなく、まさに「無数」の光の集まりから「樹」がライトアップされるわけですが、「あたたかき」という触感から「無数」の電飾という数の世界へスムーズに展開されていきます。

そしてこの歌の最大のポイントといっていいと思いますが、無数はただの無数ではなく「さよならのやうに無数」と続いていくのです。

「さよならのやうに」とは詠われていますが、電飾を見ている主体には、実際別れのような出来事があったのかもしれませんし、いうなれば「さよなら」そのものだったのかもしれません。したがって、主体に映る電飾の無数は、数としての無数に留まらず、さよならを想起させる無数として存在しているのではないでしょうか。

「さよならのやうに」と「無数」が結びつくと、この「無数」は途端にさびしさを帯びたような無数に変わります。歌の中に最初に登場する無数は、電飾そのもののあたたかさをもった無数でしたが、最後に登場する無数は、あたかかさをもっている分かえってさよならの体温のようなものが感じられ、さらにひとつではなく無数であることにより、さよならの度合いも増幅されているような印象を受けます。

電飾のひとつひとつがさよならのようでもあり、電飾全体がひとつの大きなさよならのようにも感じられます。

電飾と無数だけではふわふわと浮き上がってしまいそうな感じを受ける歌ですが、天神という具体的地名がしっかりと楔を打ち込んでいて、初句の天神の提示の力強さを感じます。

「さよならのやうに無数」という言葉が一度聞くと忘れられない一首です。

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