玻璃窓の外には波の無数の目 海浜ホテルのカーテンのむこう
松平盟子『うさはらし』
松平盟子の第六歌集『うさはらし』(1996年)に収められた一首です。
主体は海辺のホテルの室内にいるのでしょう。ガラス窓にはカーテンがかかっています。海浜ホテルとある通り、窓の外には海が広がっています。
そして、窓の外の「波の無数の目」が詠われていますが、主体は今時点でこの波を直接は見ていないのではないでしょうか。それは「カーテンのむこう」という状況だからです。内側から外側へものの順番を見てみると、室内の主体、カーテン、玻璃窓、波という順番になっていると思います。
直接「波の無数の目」は見えておらず、主体が脳裏に浮かべたところが詠われているように思います。ただ、必ずしも見ていないとはいいきれず、カーテンの隙間から海を覗いている状況かもしれませんし、あるいは薄いレースのカーテンでカーテン越しに波の様子が見えたと採ることも可能かもしれません。
「波の無数の目」とは、少しわかりにくい表現ですが、海面に無数の波が立っていて、そのひとつひとつが目のように思えるということでしょうか、あるいは波の模様のことを目と呼んでいるのでしょうか。波そのものを詠っているとしても、「無数の目」と詠われると、何かたくさんの目に見られているような、監視されているようなイメージも少し表れてくるように思います。
そのような「目」からの直接的な視線を隔てるものとして、玻璃窓、カーテンが存在するのでしょうが、それらは壁とではないため、外からの「目」を遮ろうとしても完全には遮断できないでしょう。
主体と「波の無数の目」との間には何もないわけではなく、玻璃窓とカーテンがあるところに、それらを通して主体と「波の無数の目」が向き合っているところに、この歌の主体の気持ちのようなものが滲み出ているのかもしれません。
あまり深入りする必要はありませんが、「波の無数の目」という表現がインパクトをもって迫ってくる一首だと感じます。