コーヒーは人に淹れてもらうほうがうまい愛があってもビンタは痛い
上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』
上坂あゆ美の第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(2022年)に収められた一首です。
この歌は二つのパートから成っています。
「コーヒーは人に淹れてもらうほうがうまい」と「愛があってもビンタは痛い」です。それぞれは、どちらも確かにそうだと思うのですが、直接的に関係がなさそうなこの二つが並べられることで表れるものは一体何でしょうか。
そこにあるのは自分以外の「人」の存在です。
「コーヒー」は自分ひとりでも淹れることはできますが、人に淹れてもらう、つまり人との関係性の中で飲むコーヒーのほうがよほどおいしいのです。また「愛」も「ビンタ」も相手がいることで成り立つ事象でしょう。
コーヒーを淹れてもらう幸せも、ビンタの痛さも、人の介在があるからこそ味わえるものなのです。自分ひとりだけではここに詠われているようなこと、大げさにいえば人生を豊かにしてくれる出来事を味わうことはできないのかもしれません。
この歌は主体ひとりが語っているような詠い方ですが、その背後には自分以外の「人」に対する思いがあふれている一首だと思います。