手に持ったパンが腕より長いこと抱きしめてはくれないのだパンは
鈴木晴香『心がめあて』
鈴木晴香の第二歌集『心がめあて』(2021年)に収められた一首です。
腕より長いパンといえば、どんなパンを想像するでしょうか。
真っ先に思い浮かんだのがバゲットです。フランス語で「杖」を意味するバゲットですが、バゲットと呼ばれるのは長さ70~80cmのフランスパンとされているようです。
バゲットをもって帰るとき、腕に抱えるかたちを想像します。
つまり、主体はパンを抱いている格好となりますが、パンの側は主体を抱きしめてくれないのです。下句「抱きしめてはくれないのだパンは」にはどことなく寂しさが漂います。
「抱きしめては」の「は」の挿入、「のだ」という言い回し、また「パンは」を最後にもってきた倒置法といった部分が特にそのような感情を感じさせる要素となっているように思います。
腕からはみ出たパンは、パンとしてそこに存在するだけで、何も答えてくれませんし、ましてや抱きしめてもくれないのです。
誰かに、あるいは何かに抱きしめてほしいと思いながらも、「腕より長い」パンを抱えて帰るしかない状況が切なく感じられる一首です。