芥子の実の乗りたるあんぱん一つ買うたったそれだけの倖せもある
岡部桂一郎『一点鐘』
岡部桂一郎の第四歌集『一点鐘』(2002年)に収められた一首です。
しあわせとは何でしょうか。
ひとりひとり答えは異なるでしょうし、ひとりの人の中でも昨日と今日では違うしあわせがあるかもしれません。また、しあわせの持続時間も長いものから短いものまで、さらにしあわせの大きさも大きいものから小さいものまでさまざまでしょう。
掲出歌は、「あんぱん一つ」を買ったこと、それが「倖せ」だといっています。「芥子の実の乗りたる」というところが、ただのあんぱんではなく、少し具体的なあんぱんを思わせてくれます。そして主体にとっては思い入れのあるあんぱんになっているように感じます。
下句の「たったそれだけの倖せ」が語っているように、あんぱんを一つ買うことは今すぐにでもできることで、何も難しいことではありません。その小さな行為をただ何も感じず、日々の動作のひとつとしてのみ行うのか、あるいはあんぱんを買う行為をしあわせと捉えるのかで、毎日というのは随分と変わってくるでしょう。
「たったそれだけの」ことにしあわせを感じることができるのかどうか。主体はそこにしあわせを感じているのです。
自分はしあわせではない、恵まれていないと嘆く前に、まずは今あることにしあわせを見出してはどうでしょうかと、改めて問われているように感じる一首です。