自転車のカゴを理想のかたちへと押し戻してるときに轢かれた
小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』
小坂井大輔の第一歌集『平和園に帰ろうよ』(2019年)に収められた一首です。
自転車は長年使っていると、だんだんとカゴのかたちが歪んできたり、錆ついてきたり、壊れてきたりするものです。
この歌は自転車のカゴのかたちに言及されていますが、「理想のかたち」の「自転車のカゴ」はどんなかたちなのでしょうか。
新品の自転車を買ったときの自転車のカゴのかたちは整っていますが、主体の思う理想のかたちとは異なるかもしれません。
人それぞれに、理想の自転車のカゴのかたちが存在するといっていいかもしれないでしょう。
さて、この歌は、そんな理想のかたちにカゴを整形しているときに、車かバイクか自転車か、何かの乗り物に轢かれたという場面が詠われています。
単に轢かれるというだけでは状況を説明しただけになりますが、「自転車のカゴを理想のかたちへと押し戻してるとき」に轢かれたというところが、歌に興味深さと奥行きを与えていると思います。
轢かれてかわいそうというよりも、どこか滑稽な主体の姿が浮かんできます。轢かれるという現実はいつ起こってもおかしくなく、むしろ簡単に起こり得るといえるかもしれません。理想という言葉が登場しますが、理想と現実の対比が暗に示されていて、そこにこの歌の魅力があるように感じます。
カゴのかたちを押し戻すという簡単な作業で「理想」へ近づけるのかと思いきや、やはり現実はそう甘くないということを感じさせてくれる一首ではないでしょうか。