老人は自転車で来て鳩たちにまぶしきパンの耳を降らせる
魚村晋太郎『銀耳』
魚村晋太郎の第一歌集『銀耳』(2004年)に収められた一首です。
公園や広場で鳩に餌を与えている人をこれまで何度も見てきました。
この歌もそのような場面の歌だと思いますが、言葉の選択により、一段上の美しい場面に仕上がっているように感じます。
特に「まぶしきパンの耳を降らせる」が一首を一首たらしめているでしょう。上句は、老人が自転車でやってきたという具体的な時間の経過が表されており、それに続くかたちでこの下句。「まぶしき」と「降らせる」との組み合わせで表現されることで、この老人はただの餌やりの老人ではない存在として描かれています。鳩たちにとっては、神々しい存在としての老人となっていることでしょう。
そしてそのような存在となった老人の「パンの耳を降らせる」行為は、どこか儀式めいたものを感じさせます。餌を与えるというごくありふれた行為に敬虔さが滲みだしているようです。
鳩にパンの耳を与えたという日常の場面が、詠い方ひとつでこうも美しい一首に仕上がるのかと感心しますし、こういう歌に出会えることが、短歌を読む楽しみのひとつであると改めて感じさせてくれる一首ではないでしょうか。
ポチップ