〈月光がこんなにふかいところまで泳ぎにきとる霜月の森〉という巻頭歌で始まる、吉岡太朗の第二歌集は何?
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『世界樹の素描』
『世界樹の素描』は2019年(平成31年)に出版された、吉岡太朗の第二歌集です。
歌を詠むに当たり、私のことを「われ」と詠う歌人は多いでしょうが、「わし」と詠む歌人はそれほどいないのではないでしょうか。
本歌集の歌には「わし」がそこかしこに登場します。そして、関西弁が使われているところが特徴となっています。
方言を使った短歌というのは、それだけでこれまでの短歌とは違った印象を受けるため、どこか新鮮に感じられます。
この歌集の歌も関西弁が効果的に働いており、読み進むほどにどんどんと関西弁を取り入れた歌が魅力的に感じていくのです。特に「ない」や「の」の代わりとして「ん」という言葉が使われていますが、このあたりに読み手が一首に対して向き合うときの敷居が低くなるような味わいがあり、より歌に親近感を抱く感じがあります。
詠われている内容は、日常から地続きのような歌もあれば、ファンタジーのような歌もあり、さまざまですが、そこに関西弁が介入することで全体の統一感は保たれているように思います。
そこから生まれる詩情、感情、世界は、現実と夢をないまぜにしたような豊かさがあると感じます。
どのような言葉を選択するか、どの方言を選択するか、またどの表記を選択するかで短歌は大きく変わります。著者が届けてくれる言葉の総合体をぜひとも味わいたい一冊です。
『世界樹の素描』から五首
君の見る夢んなかにもわしはいてブルーベル咲く森をゆく傘
にんげんが塔婆のように立っとってことばときもちしかつうじひん
軟膏を塗るとき指の腹におるわしをむなしゅうさせながらぬる
てのひらはみなの展望台やった土のにおいのするそのくぼみ
くちばしがとどかん場所にさしてある青菜みたいにことばはとおい