〈北にすむひとよ南にすむひとよ空を見上げるだけで手紙だ〉という巻頭歌で始まる、北山あさひの第一歌集は何?
『崖にて』
『崖にて』は2020年(令和2年)に出版された、北山あさひの第一歌集です。2012年(平成24年)から2020年(令和2年)までの作品446首が収録されています。
本歌集を読んで感じるのは、決して成功のストーリーにあふれた世界ではないということです。だからといって、悲観的なストーリーかというとそういうわけでもありません。
この一冊で展開される世界は、状況としては他者が羨むような世界ではないのかもしれません。しかし、その世界を受け入れていく一人の姿を感じることができます。
通常、状況というのは、捉え方によっていい方向にも悪い方向にも受けとることができるものです。決して自分が望まない状況であっても、それを受け入れるというところに、人生の味わいがあり、ひいては歌の味わいとなってくるのではないでしょうか。
受け入れるという行為は、物事を冷静に見つめることでもあるでしょう。ですから、ここで詠われている歌にどこか冷静な視線を感じるのも、そのような理由によるものかもしれません。自分自身の行動を、もう一人の自分が見つめている構造となっています。
現状を受け入れることによって詠われる歌は、さまざまな葛藤を抱えながらもある種の力強さと真摯さをもって、読み手の心に響いてきます。そういう歌の数々に魅力を感じる一冊です。
2021年、本歌集にて第27回日本歌人クラブ新人賞、第65回現代歌人協会賞受賞。
『崖にて』から五首
いちめんのたんぽぽ畑に呆けていたい結婚を一人でしたい
臨月のともだちへ手を振っているこのようにたまに灯台になります
紅茶から引き上げるときそれなりにティーバッグ重しオーロラ速し
夏雲のあわいをユー・エフ・オーは行くきらめいて行く母離婚せり
断崖を見たいと言えばうんと言うこの感情も家になるのか