問題 – Question
〈生きるための本走に入る明後日より抗癌剤の点滴変はる〉という巻頭歌で始まる、河野裕子の遺歌集は何?
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解答 – Answer
『蟬声』
解説
『蟬声』は2011年(平成23年)に出版された河野裕子の遺歌集です。
河野裕子は、2010年8月12日にがんにより亡くなりましたが、その死の前日までの427首を収録しています。
がんの再発により、自身の死と向き合わざるを得ない状況とそれに対する思いが、本歌集にはあふれています。いや、著者の死という事実を知っているがゆえに、多くの歌をそのように読み手は読んでしまうのかもしれません。
時間の終わりを意識しない状態で詠われた歌と、時間の終わりを意識した状態で詠われた歌は、やはり同じ方向性をもっているとはいえないでしょう。
人生という時間の終わりを意識した歌は、その歌の濃度においては濃さや深さを感じさせると同時に、その濃度が場合によっては影の濃さをも増してしまうようにも感じます。
遺歌集に読者はどのように向き合い、どのように読むべきなのでしょうか。歌そのものよりも、歌の背景を過剰に読み取ろうとしていないか、読者は歌そのものの鑑賞に加え、背景をどこまで組み合わせて読むのがいいのか、本歌集を読むと考えさせられます。
詠われた歌はストレートないいぶりの歌もありますが、技巧云々を凝らした歌よりもそのようなストレートな歌の方がかえって心に深く刺さってくる一冊です。
2012年、本歌集が第5回日本一行詩大賞受賞。
『蟬声』より五首
傘さして誰にも言はず来たけれど蛍袋咲く道の辺にゐる
一日中眠りてをれり目覚めれば蟬声も娘も影のやうなり
和室より今年竹見ゆる健やかさ死ぬときはきつとこの部屋で死ぬ
死は少し黄色い色をしてゐしか茗荷の花は白黒であつた
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が