海上にかろき頭痛を運びつつ無数の波の襞を見下ろす
大辻隆弘『汀暮抄』
大辻隆弘の第七歌集『汀暮抄』(2012年)に収められた一首です。
船に乗っている場面でしょうか。
かすかに頭痛がするのは、船に乗っているからでしょうか、それとも船とは直接関係なく発生したものでしょうか。
「かろき頭痛を運びつつ」という表現がとても巧いと思います。頭痛を運ぶというようないい方は、日常の会話においては登場しないものでしょうが、この歌にとっては大切な表現であり、その巧みなところが読んでいて心地よく感じられます。
さて、主体は頭痛を感じているわけですが、頭痛を感じながら見る海面に、「無数の波の襞」を見ているのです。ここでは「見下ろす」という動作だけが示され、主体の心の中までは表現されていません。
主体は何を思って波の襞、それも無数の波の襞を見ていたのでしょうか。
海水をその深さによって層で捉えれば、波は浅いところにのみ発生するものです。海面は荒だったり、揺れが発生したりしますが、海の深いところの層は動きもほとんどなく静かな世界が広がっているのではないでしょうか。
そのように考えると、無数の波の襞を見下ろしていた主体の心境としては、深海の静寂とは少しかけ離れたものだったのかもしれない、そんなふうに深読みしてしまいたくもなるものです。
巧みな表現の中に、主体の心情が垣間見えるような、そんな一首ではないかと思います。


※名字の「辻」の字は、正しくは1点しんにょうです。