ちょっと良いポン酢を買えば良い帰路で春の宵など俯瞰しながら
小俵鱚太『レテ/移動祝祭日』
小俵鱚太の第一歌集『レテ/移動祝祭日』(2024年)に収められた一首です。
季節は春。休みの日に外出した帰りでしょうか、それとも仕事帰りでしょうか。
陽が落ちた後の、あたたかさと若干の寒さが入り交じったような春の時間帯の中で、主体は「ちょっと良いポン酢」を買ったのでしょう。
「ちょっと良い」というところがポイントで、もう少し安くてよく売られているようなポン酢を選ばずに、少々値ははるけれども、自分にとってよいと思えるポン酢を買って帰ったのです。
「ちょっと良いポン酢」を買ったことで、気分よく帰ることができたことが伝わってきます。「春の宵など俯瞰しながら」には、気分がよくなったことで、周りを見る余裕が生まれてきた状況を示しているのでしょう。この余裕は、主体の心のもちようによって生まれてきたものといえるのではないでしょうか。
ポン酢を買うというささやかな行為ですが、そのようなささやかな行為をどれだけ喜べることができるのか、どれだけ感謝することができるのか、によって人生の質は大きく変わってくるといっていいかもしれません。
ポン酢を買っても何も思わない人もいるでしょうし、また出費したと感じる人もいるでしょう。しかし、主体は、「ちょっと良いポン酢」を買ったことにウキウキしている、そんな様子が伝わってくるでしょう。ポン酢を買うという日常の一場面においても楽しめ、喜べるということは、すばらしいことなのではないでしょうか。
「良い帰路」は誰かから与えられるものではなく、良い帰路にするかどうかは、その人自身の気持ちに委ねられているように感じます。
大きなイベントが起こるわけでもなく、日々の生活の中のちょっとした場面かもしれませんが、心があたたかくなる一首で、印象に残ります。
