ホームみて車内みまわし傘もっているのが自分だけとわかった
吉岡生夫『草食獣 第八篇』
吉岡生夫の第八歌集『草食獣 第八篇』(2018年)に収められた一首です。
雨が降ると思い傘をもって出かけたけれど、実際は雨は降らず、周りの人は傘をもっていなかったという状況はあるでしょう。もしかすると、前日もって帰るのを忘れた傘を、晴れた日にもって移動している場面かもしれません。
いずれにしても、駅のホームにいる人で傘をもっている人はおらず、また車内にも傘をもっている人はおらず、結局は自分だけが傘をもっていたというのです。
歌では、自分だけが傘をもっていたと詠われていますが、実際には鞄に折り畳み傘を入れている人もいたかもしれません。しかし、主体の視界には、傘をもっている人はいなかったのです。
ふとした瞬間にそのことに気づいたのでしょう。
ただ、自分ひとりだけが傘をもっているという状況を恥ずかしがっているという印象はあまり感じられません。恥ずかしいという感情よりも、周りの人と違う行動をしてしまっているという意識の方が強く出ているのではないでしょうか。
文法的に見てみると、おそらく意識的でしょうが、助詞が省かれているのが特徴だと思います。「ホームみて」「車内みまわし」「傘もって」はいずれも”を”が省かれています。五七五七七に合わすためもありますが、ひとつも”を”が使われていないところから生まれる独特のリズムがあるように感じます。
また「自分だけとわかった」も”自分だけだとわかった”になっておらず、舌足らずな感じを受けますが、これも上句を読んだ感じと呼応するような印象があります。
助詞の省略や舌足らずな印象が、歌の内容をより強化する上で効果的に働いていると感じられる一首ではないでしょうか。
※正式には、吉岡生夫の「吉」は上の横棒が短い漢字。