なだらかな曲線描く眼鏡入れ書架の片隅に置かれてゐたり
山田航『さよならバグ・チルドレン』
山田航の第一歌集『さよならバグ・チルドレン』(2012年)に収められた一首です。
「眼鏡入れ」が「書架の片隅」に置かれているということを詠った歌で、特に大きなイベントが起こる歌ではありません。日常において、ひょっとすると目にすることがあるかもしれない、静かな歌といえば静かな歌です。
しかしこの歌のポイントは「なだらかな曲線描く眼鏡入れ」にあると思います。
眼鏡入れのかたちはさまざまあり、四角いものから丸いものまであるでしょう。ここで登場するのは、やや丸みを帯びた眼鏡入れだと思います。
眼鏡を折りたたんだとき、中央の部分が若干厚みがあり、両端にいくほど少しずつ厚みが小さくなっていきます。したがって、折りたたまれた眼鏡のかたちに沿って眼鏡入れがつくられている場合、眼鏡入れも中央が厚く、両端の厚みが小さくなっているでしょう。
その形状を「なだらかな曲線描く」と表現したのですが、短い語句で非常に端的にその様子が表されているのではないでしょうか。単に眼鏡入れがあるというだけでなく、どのような眼鏡入れなのかが具体的に映像として浮かんでくるでしょう。
さて、「書架」は図書室や図書館の書架でしょうか、あるいは誰かの家の中にある書架でしょうか。このあたりは具体的に書かれていないので、読み手の想像に委ねられているでしょう。
そして、眼鏡入れが書架の片隅に置かれているという状況から、さらに何か意味を見いだしてもいいでしょうし、特に見いださなくてもいいでしょう。
ただこの歌のように、眼鏡入れが書架に置かれているという状況だけが提示されると、そこに何か意味があるのではないかと思って読んでしまうものです。なぜそこに眼鏡入れは置かれているのでしょうか。そこから何かストーリーを想像してしまうかもしれません。
眼鏡入れが置かれているという状況だけが詠われていて、その理由が示されていないからこそ、却って想像の余地が広がっている歌で、読みながらあれこれと想像する楽しみを与えてくれる一首だと思います。