〈はなびらは光の領土とおもいつつ奪いたし目を閉じれば奪う〉という巻頭歌で始まる、大森静佳の第三歌集は何?
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『ヘクタール』
『ヘクタール』は2022年(令和2年)に出版された、大森静佳の第三歌集です。2018年から2022年につくられた短歌のうち360首が収録されています。
歌集名は次の一首から採られているのでしょう。
さびしさの単位はいまもヘクタール葱あおあおと風に吹かれて
「ヘクタール」は面積を表す単位ですが、現在は平方メートル(㎡)が正規の単位として国際的に使用されており、国際単位系が定めるSI単位には含まれない単位となっています。しかしSI単位と併用して使用できる非SI単位として使用は許容されています。
そのような経緯もあり、「ヘクタール」という単位にはどこか懐かしさを思わせるところがありますが、それがこの歌の「いまも」に表れているように感じます。1ヘクタールは10,000平方メートルであり、非常に広大な葱畑、そしてさびしさの大きさが伝わってきます。
さて、本歌集は全Ⅲ章から成っています。第Ⅱ章は主題制作として、源氏物語の歌を引きながらの源氏物語へのオマージュ「光らない」五十四首が圧巻です。
全体を通して感じるのは、生や死という観念的な事柄も、身体を表す言葉が取り入れられることによって、読み手の心を深く抉ってくる歌として詠われているのではないかということです。
また相手や読み手へ呼びかけるような言葉が表れるのが印象的で、それによってより一層歌が肉厚になって伝わってくるように感じます。厚みのある言葉から紡がれた歌に触れることが本歌集の魅力ではないでしょうか。
2023年(令和3年)、本歌集にて第4回塚本邦雄賞受賞。
『ヘクタール』から五首
ふかぶかとコートを羽織るこのひとのたましいは面長であろうよ
梅が咲いて桜が咲いてきみといる時間の毛深さを照らしだす
釘のようにわたしはきみに突き刺さる錆びたらもっと気持ちいいのに
コルセットが肋骨に喰い込むように夜の桜はうちがわへゆく
おばあさんになったわたしの傍にいて いなくてもいて 山が光るね