モノクロに還るゆふやみ残業のデバッグルームに灯る自販機
山田航『さよならバグ・チルドレン』
山田航の第一歌集『さよならバグ・チルドレン』(2012年)に収められた一首です。
「デバッグルーム」とは、主にゲーム開発において、開発者がバグがあるかどうかの確認する作業のためにつくったゲーム上の場所を指す言葉です。ゲームの調整やテストプレイのために用意されています。「デバッグ」とはプログラムの誤り(バグ)を見つけて修正することを意味します。
夕方から夜へ移行する時間帯でしょう。「残業」という言葉があるので、主体は、ゲームのバグを見つける仕事をしていたのではないかと想像できます。
デバッグルームは、現実にある部屋を指すのではなく、ゲーム上つまりプログラム上のエリアを表す語なので、「デバッグルームに灯る自販機」を言葉通りにとれば、ゲーム画面の中に「自販機」が現れて灯っていたということになります。
自販機が登場するゲームがあるのかもしれませんが、この歌において「自販機」はゲーム画面に登場するというよりも、どちらかといえば現実の「自販機」を指しているのではないかと感じられます。
それは二句の「ゆふやみ」、三句の「残業の」という言葉が配置されていることが大きく影響しているように思います。
「デバッグルーム」はプログラムの世界の話ですが、「ゆふやみ」「残業の」は現実の世界の出来事を表現していると思います。特に「残業の」がデバッグ作業をしている主体の姿を浮かび上がらせ、この歌の視点はプログラムの中にあるというよりは、現実に位置しているのではないかと感じるからです。
その流れで、「自販機」が登場しますが、その自販機は主体がデバッグ作業をする場所の近くに存在する自販機なのではないでしょうか。「モノクロ」の時間の中で「自販機」だけが灯っているような光景が浮かび、単純にさびしいという語だけでは表現できないような印象が残ります。
この「デバッグルーム」はプログラム上の部屋でもあり、同時に主体がデバッグ作業をする部屋そのものをも指しているように感じるのです。「モノクロに還るゆふやみ」の中で、プログラムと現実との境界があいまいになるような、どちらもが交換可能なような感じを受けますが、その溶け合うような時間と場所に「自販機」が灯りつづけているのではないでしょうか。
「デバッグルーム」と「自販機」の取り合わせがとても不思議な世界をつくりあげている一首だと思います。