短歌のルールはある程度わかったけど、短歌にどうやって向かえばいいのだろう? 短歌に向き合う心構えや、これから短歌を続けていくにあたって知っておいたことが書かれている本はないかなあ?
短歌の基本的なルールはわかるけど、実際どうやってつくっていけばいいのかが具体的にイメージできないという人もいるのではないでしょうか。
「思ったこと、感じたことを詠めばいいんだよ」とか、「歌集を読んでみるといいよ」とかいわれても、具体的にどう糸口を見つければいいのか、また誰のどんな歌集を読めばいいのかがわからないというケースがあると思います。
そんなもやもやがあるときにおすすめの一冊が、今回紹介する木下龍也の『天才による凡人のための短歌教室』です。
『天才による凡人のための短歌教室』ってすごいインパクトのあるタイトルですよね!
本のタイトルからして、どうも一般的な短歌入門書とは違うのではないかということを感じていただけるのではないでしょうか。
当書は、2017年に初めて開催された著者の人気短歌教室が基となって書かれています。技術的な面はもちろんですが、それ以上に精神的な面を綴った文章が特に興味深い一冊です。
これから短歌を始めるという人、すでに始めているけれどもっともっと短歌について考えていきたいという人はぜひ当書に触れて、短歌の魅力をさらに感じてみてはいかがでしょうか。
当書のもくじ
まずは『天才による凡人のための短歌教室』のもくじを見てみましょう。
著者と作品の紹介
はじめに
短歌のルール
第1章 歌人になる
- すべては歌集に書かれてある。
- まずは歌人をふたりインストールせよ。
- 作歌を日課に。
- 歌人と名乗れ。
- 作者名で短歌の邪魔をするな。
- 書を捨てず、町へ出よう。
- テレビを観ろ、新聞を読め。
第2章 短歌をつくる
- 定型を守れ。
- 助詞を抜くな。
- 余白に甘えるな。
- 目を閉じて、よく見ろ。
- 音を意識しろ。
- 文字列をデザインせよ。
- 一首で遊び倒せ。
- 商品をつくれ。
- 投稿で負けまくれ。
- たくさんつくれ。
- なるべく書くな。
- (困ったら)雨を降らせろ。月を出せ。花を咲かせろ。鳥を飛ばせろ。風を吹かせろ。ひかれ。だれか、何かを待て。時間、空の様子、季節を述べろ。
- きらきらひかるな。
- 固定されたものごとを分解し、流動させろ。
- すでにある物語やニュースを活用し、裏切れ。
- 死をいじくりたおせ。
- 神をいじくりたおせ。
- メッセージではなくパッケージを盗め。
第3章 歌人として生きていく
- どこで短歌を続けていくか。
- 群れるな。
- 心身ともに普通であれ。
- 自作と自分を切り離せ。
- 歌人以外の顔を持て。
- 短歌は歌集になりたがっている。
- 短歌をお金に換えよ。
第4章 推敲編
おわりに
巻末作品 あなたのための短歌展の記録
まず「はじめに」において、「ほんとうに短歌でいいのか?」という点が問われています。短歌ありきではなく、そもそも短歌を選ぶこと自体をまず問うているのが印象的です。
続く「短歌のルール」はたった2ページのみ。五七五七七の音数についてのみ言及しており、細かいことはあれこれいっていません。潔いといえば潔く、当書の目的はルールの説明にあるのではないということを示しているようです。
当書の内容を大きく分けるとすれば、第1章「歌人になる」と第3章「歌人として生きていく」が短歌との向き合い方やマインドセットに当たる面に触れたパートであり、第2章「短歌をつくる」と第4章「推敲編」が短歌づくりの技術的な面を浮き彫りにしたパートとなっています。
小見出しを見ればわかる通り、命令形もしくはいい切りの見出しが並びます。小見出しを見ているだけでわくわくしてきます。「定型を守れ。」や「助詞を抜くな。」などは短歌入門書にありそうな見出しですが、「作者名で短歌の邪魔をするな。」「神をいじくりたおせ。」など入門書にあまり登場しないであろう見出しが多くあり、早く中身を読んでみたくなるもくじとなっています。
おすすめのポイント
それでは、当書の特長やおすすめのポイントを順番に見ていきます。
短歌と向き合うためのマインドを学ぶことができる
短歌入門関係の本は多くの場合、短歌の基本ルールや禁止事項、技術的なつくり方のポイントにページのほとんどを割いているケースが多いのですが、当書の主眼は技術的な面に関わる内容よりも精神的な面に関わる内容にあるといっていいでしょう。
この点が他の短歌入門書とは少し異なる部分であり、タイトルの『天才による凡人のための短歌教室』という方向性が示されている部分といえるかもしれません。
短歌をつくっていくに当たり、どのように短歌と向き合っていけばいいのか、自分の中における短歌の位置づけをどのようにすればいいのか、短歌を続けていくためにはどうすればいいのか、このあたりが丁寧に語られており、読みどころとなっています。
つまり短歌をつくるテクニックよりも、短歌と向き合うマインドを学ぶことができる点が特徴です。第1章「歌人になる」、そして第3章「歌人として生きていく」がまさにこの部分に当たります。
例えば第1章の「まずは歌人をふたりインストールせよ。」は、まずは二人の歌人を目標にしようということが述べられていますが、これは一首のつくり方ではなく、短歌を長くやっていくためにそうしようということです。著者が目標としてインストールしてきた二人の歌人が誰であるかも書かれていて、とてもイメージしやすくなっています。
第3章の「短歌をお金に換えよ。」は短歌とお金について書かれていますが、正直お金の話はなかなか書きにくい内容であるにもかかわらず、それをはっきり書いている点も当書の特徴といっていいでしょう。
大きな意味での短歌との向き合い方を記した短歌入門書は少ないと思いますので、これを読むだけでもきっと一つや二つは新たな発見があるのではないでしょうか。
短歌のつくるときのポイントが独特の視点で書かれている
続いては短歌一首をつくる際の具体的なテクニックの面ですが、著者独自の視点でポイントが示されているところも大変興味深いものとなっています。
第2章「短歌をつくる」で、いろいろな角度から短歌づくりのポイントが示されています。
いくつか小見出しを見てみると「定型を守れ。」「助詞を抜くな。」「音を意識しろ。」「たくさんつくれ。」などはイメージしやすいのではないでしょうか。
一方「(困ったら)雨を降らせろ。月を出せ。花を咲かせろ。鳥を飛ばせろ。風を吹かせろ。ひかれ。だれか、何かを待て。時間、空の様子、季節を述べろ。」という一風変わった見出しの文章があります。この見出しからだけではいったいどういうことなのかわかりませんが、冒頭で次のように述べられています。
短歌をつくっていて「あと二文字足りない」「シチュエーションが思いつかない」「どうも締まりがない」などと困ったときはこの言葉を思い出してほしい。
この節には、小見出しに沿うかたちで、これらの言葉をつかって著者がつくった歌が十首、例として引かれています。
また第2章で特に印象的なのが「一首で遊び倒せ。」です。ここでは〈半分の虹は地面の下にありその七色を死者は見ている〉という著者の一首の推敲の過程が事細かに綴られています。第一稿から第四稿(最終稿)まで、なぜそのように推敲したのか、どこがどう気になって変えたのかが丁寧に書かれており、一首をつくっていくとはどういうことなのかを教えてくれます。
第2章はどこから読んでもいいですし、それぞれの文章には例歌が引かれているので、具体的に理解することができます。一つ一つの文章は一つのテーマに絞られており、お気に入りの文章は何度も繰り返し読めば、より身についていくでしょう。
11パターンの推敲事例を学ぶことができる
第4章は「推敲編」となっていますが、この章は短歌教室や連載などで受講生や読者から投稿された作品について著者が推敲した事例が取り上げられています。
11の事例が載っていますが、次のようにそれぞれにポイントが提示されています。
- 省略と具体性
- 枝葉を断つ
- 身体感覚
- 類語を探す
- 無価値さを高める
- 焦点を絞る
- 影を描く
- テンプレ化する
- だれに向けて書くか
- 百年後
- 重なりの解消
ポイントだけを見て、どういう点に注意して推敲すればいいのか何となく想像できるものもあれば、まったく想像できないものもあるのではないでしょうか。
元歌と推敲された歌が並べて記されており、どこをどのように推敲したのかがわかりやすくなっています。なぜそのように推敲したのか、推敲したことによってどういう効果があるかが詳しく述べられており、一つ一つの事例から推敲のポイントを学ぶことができるようになっています。
あなたのための短歌展の記録26首が読める
巻末作品として、「あなたのための短歌展の記録」26首が掲載されています。
「あなたのための短歌展」は2020年9月1日~9月13日まで13日連続で行われた企画展で、依頼者からのお題に対して木下龍也が一首つくるというものです。
その際の26人の依頼者によるお題と、つくられた26首が当書の巻末に掲載されています。歌と一緒に日時も書かれており、制作順に掲載されているところも、当時の短歌展の時間をなぞるようで楽しいです。
例えば、最初の9月1日午後3時のお題は「十数年ぶりに会う恩師への恋にも似た感情について。」となっており、このお題をもとにした短歌一首が掲載される、そしてまた次のお題が書かれてその一首が掲載されるといった流れで続いていきます。
前もって決められた題について歌をつくることを「題詠」といいますが、この企画は題詠と依頼者という個人を結びつけたところが新しいのでしょう。
「あなたのための短歌展」は、木下龍也の個人販売プロジェクトの「あなたのための短歌一首」が基となっています。この元々のプロジェクトから生まれた短歌の数々は『あなたのための短歌集』として刊行されました。
お題に対して木下龍也がどのような歌をつくりあげるのか、その発想や着眼点、そして言葉として定着させる技術などを楽しむことができると思います。
まとめ
『天才による凡人のための短歌教室』を読むと得られること
- 短歌と向き合うためのマインドを学ぶことができる
- 短歌をつくるとき、推敲するときのポイントが独自の視点で読んでいて楽しい
- 「あなたのための短歌展の記録」26首について、お題と歌という組み合わせを楽しむことができる
- 小手先のテクニックだけでなく、大きな括りで短歌を見つめることができる
当書は、これから短歌と向き合うに当たって、どのように向き合えばいいかを知りたいという人に特におすすめの一冊です。またすでにある程度短歌に親しんでいる人にとっても、短歌とは何か、歌人とは何かを改めて問い直すきっかけの一冊になっていると思います。
書籍・著者情報
書籍情報
著者 | 木下 龍也 |
発行 | ナナロク社 |
発売日 | 2020年11月14日 |
著者プロフィール
1988年、山口県生まれ。歌人。2013年に第一歌集『つむじ風、ここにあります』、16年に第二歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』(ともに書肆侃侃房)を刊行。18年、岡野大嗣との共著歌集『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』、19年には、谷川俊太郎と岡野大嗣との連詩による共著『今日は誰にも愛されたかった』(ともに小社)を刊行した。同じ池に二度落ちたことがある。
(当書著者略歴より)