短歌をつくりはじめて間もないんだけど、言葉の音やリズムについてもう少し知りたいと思っている。音やリズムについて触れた入門書はないかなあ?
短歌をつくりはじめて、何となく五七五七七の三十一音のかたちに収めることはできるようになったけれど、読み上げたときにどうもリズムが悪い歌のように感じることはないでしょうか。
どういう言葉を選び、どういう順番で言葉を並べれば、読んでいて心地よいリズム感のある歌がつくれるのか、気になる人もいるのではないでしょうか。
また、そもそも自分がつくった歌は本当にいいたいことがいえているのか、読み手に自分の意図していることが伝わる歌になっているのだろうかといった疑問が生まれてくることもあると思います。
このような疑問に対する解決の糸口を与えてくれるのが、今回紹介する尾崎左永子の『短歌カンタービレ はじめての短歌レッスン』です。
当書は初めて短歌をつくる人に向けた内容となっており、非常に具体的な実例を通しながら、短歌づくりのポイントを学ぶことができる一冊です。
全体の構成としては、著者が、短歌初心者数名と一緒に短歌のレッスンを進めていくという流れとなっています。すべてのレッスンが会話形式で進んでいくため、その場で実際に自分も講義に参加しているような雰囲気を味わうことができ、レッスン内容の習得がより身近に感じられるでしょう。
また一般的に言葉の意味や文法中心に書かれた本が多いなか、この一冊は言葉のもつ音の性質やつながり、一首のリズムなどの音楽性に重点を置いて書かれているところもポイントです。
短歌入門書において、音に言及した本はあまり多くないでしょうが、当書は音楽性についてかなりのページを割いてレッスンが展開されていきますので、音の性質やリズムについて知りたいという人には特におすすめの一冊となっています。
ぜひ当書を手にとって、音楽性を意識した短歌、よりよい短歌をつくるためのきっかけにしていただければと思います。それでは詳しく見ていきましょう。
当書のもくじ
まずは『短歌カンタービレ はじめての短歌レッスン』のもくじを見てみましょう。
はじめに
Lesson 1 「歌って」ほしい短歌
- 余白の効用
- ことばのパズル
Lesson 2 自分の視点
- 心に響くもの
- 声に出して読んでみる
Lesson 3 ことばの息づかい
- 対立語や並立語で歌に深み
- 「語感」を養う
- 五つのWと一つのH
Lesson 4 色を感じさせることば
- 色彩語で歌に質感を
- 自分の感覚を自分のことばで
Lesson 5 音韻の性格
- 音で表現する質感
- 「行」のもつ音感
Lesson 6 軽い音、重い音
- 音の分布で抒情を歌う
- 濁音の効果
Lesson 7 好きな音を選ぶ
- イメージを広げる
- 熟したことばを使う
Lesson 8 発想を飛ばす
- 「発見」をのせる
- 対象をじっくり見る
Lesson 9 ことばが誘う連想
- 「時」の表現
- 平俗を捨てる
- 時制の一致
Lesson 10 皮膚感覚を大事に
- 自分の実感を詠う
- 対象との距離感
- ひとつのことを歌う
- 連想の余地を残す
- 接続助詞を利用する
Lesson 11 律調と句切れ
- 句切れの特性を知る
- リズムとハーモニーを生む句切れ
Lesson 12 たおやかにつながる
- 「句またがり」が生むリズム
- 隠れた助詞を見つける
- 歌のトリミング
Lesson 13 題を決める
- 連想を広げる
- 「われ」はどこにいる
Lesson 14 体感を生かす
- 場所と時、われの確認
- 率直な視線
- 同じ題材でいくつもつくる
- 「捨てる」という技
- 本質を言い当てる
Lesson 15 色のないことばで整調する
- 指示代名詞を利用する
- 説明を避ける
- 今この時のこの私
- 「自分」の発見
Lesson 16 詩のことばは明確に
- 独創的な比喩を
- 生命感のようなもの
- 普通語を生かして使う
Lesson 17 ひらめきを生かす
- 飛躍を覚えよう
- ことばの入れ替えで締める
- 難しい「暗喩」
Lesson 18 ことばのストックを増やす
- 短歌は「エッセンス」
- 「五七」か「七五」か
- 感覚を磨く
Lesson 19 ことばの世界を広げる
- 条件結果を使う
- 新カナと旧カナ
- 時の限定
- 心理詠の技法
- 作者が読者になる
Lesson 番外編 特別対談「わたくし」の生のことば 穂村 弘×尾崎左永子
たぬ子のワンポイント・アドバイス
あとがき
歌誌「星座ー歌とことば」誌上に掲載された講義を基にして、全部で19のレッスンから構成されています。
各レッスンのタイトルや小見出しにも表れていますが、各レッスンは実作中心の内容であり、いかに歌づくりをステップアップさせていくかに焦点が当たった内容となっています。
レッスンの番外編として、穂村弘との特別対談が収録されています。
「たぬ子のワンポイント・アドバイス」は当書の中のところどころに、計6つ掲載されています。
おすすめのポイント
それでは、当書の特長やおすすめのポイントを順番に見ていきます。
短歌の音楽性について詳しく知ることができる
当書のタイトルに「カンタービレ」という言葉がありますが、「カンタービレ」とは音楽用語で「歌うように」という意味をもつ言葉です。
書名の通り、この一冊は短歌の音楽性に重点を置いた内容となっています。それはLesson 1のタイトルが「「歌って」ほしい短歌」となっていることからもわかります。
また「はじめに」では、次のように書かれています。
最近は短歌を「書く」という方が多いのですが、本来は「歌う」ものだったのです。だからこそ、リズムや音の響きが、非常に大切なのです。
はじめに
Lesson 5「音韻の性格」やLesson 6「軽い音、重い音」では、五十音の各行、各段のもつ音の性格に詳しく触れています。濁音や半濁音についても述べられています。
また、五七五七七のリズムについては当書全体を通して、具体的な短歌とともに取り上げられています。Lesson 11「律調と句切れ」やLesson 12「たおやかにつながる」などは特にリズムに焦点を当てた内容となっています。
このように当書は短歌の音楽性を重視しており、その音楽性に関して踏み込んだ内容が随所に登場するところが特徴となっています。
短歌の音楽性についてあまり触れたことがないという人にとっては、特に参考になるのではないでしょうか。
会話形式で進むため、楽しみながら講義に参加した気分で読むことができる
当書は、会話形式で進行していきます。
メンバーは、まず講師としての著者、そして講義を受ける側である短歌入門者が、途中でメンバーを変えながら複数名登場します。
会話形式を読み進めるうちに、本当に自分もその場の講義に参加しているような気分になっていきます。当書との距離がぐっと近くなり、取り上げられている内容が一層身につくような感覚を覚えます。
添削の経過が取り上げられ、その様子から歌づくりのヒントを学ぶことができる
当書は、初めて短歌を詠む人が、実際にどのように短歌を詠んでいけばいいかを教えてくれる一冊でもあります。
メンバーがつくった歌を著者が添削する場面がたびたび登場しますが、その際に「なぜ」そのように変えたほうがいいのかという理由が説明されているので、そこから一首をよりよいものにしていくためのヒントを学ぶことができます。
例えば、メンバーのひとりがつくった歌に対しては次のような様子で進んでいきます。少し長くなりますが、添削の途中経過を引用してみましょう。
尾崎 次は雪子さん、旧カナですね。
「闇にゐてやみの形を知らざらむ半歩うしろにうづくまりをり」。面白いですね。感覚的で。ただ、「知らざらむ」というのは「きっと知らないだろう」という意味になりますけど。
雪子 「わからない」という意味で使いたかったのですが。
尾崎 それなら、「いかならむ」ぐらいかしら。これは「どうだろうか」という意。それから、「半歩うしろに」というのも、何が何の半歩うしろなのかちょっとわからないですね。「うづくまりをり」というのも、闇が蹲っているのか自分が蹲っているのかわからない。これは闇ですよね。
雪子 そうです。
尾崎 闇の中にいると闇のかたちがわからない。抜け出すと、半歩うしろに蹲っていると言いたいんじゃないかな。そうだとすると、もう少し工夫が必要ですね。「闇にゐて」は「闇にをれば」という条件結果にしましょうか。「条件結果」とは、何々だからこうである、ということですね。
「闇にをれば闇の形は見えざらむ半歩うしろに闇うづくまる」ともう一度「闇」を言ってしまう。意味はすごく面白いんですよ。
Lesson 19 ことばの世界を広げる
この後も主語や時制への言及など、この歌に対してしばらくやりとりがつづいていきます。最終的な添削例については当書を見ていただきたいと思います。
このように添削ひとつをとっても、ただ単に添削して終わりではなく、なぜそのように変えたほうがいいのかが、著者とメンバーとの会話を通して書かれているので、そこから得られるものが多いと思います。
このようなやりとりは、自分が実際に短歌をつくる際にもきっとヒントになることでしょう。
特別対談を通して、短歌の読みを深めることができる
Lessonの番外編として、穂村弘と著者による特別対談が収録されています。
対談のタイトルは「「わたくし」の生のことば」です。対談の小題は次の通りです。
- 短歌の「わたくし」性
- 茂吉の超えがたさ
- ことばの次元シフト
- 短歌の次のシステム
世代の離れた二人であり、短歌に対する考え方も異なるところがありますが、そうであるからこそこの対談の面白さが生まれていると思います。
それぞれの実体験を交えながら、わたくし性、斎藤茂吉、口語などについて展開していく対談は読みごたえがあります。
また尾崎左永子の短歌一首に対する穂村弘の鋭い解釈があり、短歌の読みを深めるきっかけになります。
まとめ
『短歌カンタービレ はじめての短歌レッスン』を読むと得られること
- 短歌の音楽性に重点を置いた一冊であり、音の性質やリズムなどについて詳しく知ることができる
- 著者とメンバーによる会話形式で進むため、楽しみながら講義に参加した気分で読むことができる
- 添削の経過がいくつも取り上げられ、その様子から歌づくりのヒントを学ぶことができる
- 著者と穂村弘による特別対談を通して、短歌の読みを深めることができる
冒頭でも述べましたが、当書は短歌の音楽性に焦点を当てた一冊です。
短歌をこれから始めようというメンバーが数名集まって、講義形式で進んでいきますが、この講義の根本にあるのは音の性質やリズムといった短歌の音楽性です。
「詠む」と「読む」でいえば、当書は「詠む」方を中心としています。もちろん「詠む」を通じて「読み」が深まっていくのでしょうが、中心は「詠む」であり、実作を学びたいという人にとっては特に参考になるのではないでしょうか。
言葉そのものへの追求や、言葉自体がもつ音の性質などに多くを費やしている点でいえば、他の短歌入門書とは異なりますが、それこそがこの本の特長であり、最大のポイントだと思います。
会話形式で進んでいくところもよく、臨場感があって楽しみながら読み進めやすい一冊となっています。
書籍・著者情報
書籍情報
著者 | 尾崎 左永子 |
発行 | かまくら春秋社 |
発売日 | 2007年9月20日 |
著者プロフィール
歌人・作家。東京生れ。東京女子大学国語科卒業。著作に『源氏の恋文』(第32回日本エッセイストクラブ賞。求龍堂)『源氏の薫り』『源氏の明り』の三部作、『新訳源氏物語』全4巻(小学館)など、古典文学の著作が多い。歌集に『さるびあ街』『夕霧峠』(迢空賞。砂子屋書房)ほか。近著に『敬語スタディー実技篇』。「星座―歌とことば」(共にかまくら春秋社)主筆。
(当書著者略歴より)