日曜の将棋欄にて銀と銀向かいあいおり昨日のままに
吉川宏志『青蟬』
※赤字で示した最初の「銀」は実際は上下が逆さになっています。
吉川宏志の第一歌集『青蟬』(1995年)に収められた一首です。
「日曜の将棋欄」とは新聞の将棋欄のことでしょう。その紙面には棋譜が書かれ、特に重要な局面や解説に必要な局面は、局面図が描かれています。
紙面は動画とは違い、指し手を順に進めていくことはできません。そのときの一局面が示されており、この日の局面図では「銀」と「銀」が向かい合っていたというのです。その局面は「昨日のまま」なのです。
掲出歌から、この日曜の将棋欄の局面だけ時間が止まったように感じます。二つの銀将はこのまま永遠に向かい合い続けていくように思うのです。実際の将棋はこの後指し手が進んで、銀将の位置は変わるかもしれません。しかしこの日曜の将棋欄という紙面上においては、銀と銀は永遠に向かい合い続けるのです。
結句の「昨日のままに」という表現が効いていて、将棋欄を見ているのは「今日」なのですが、その局面は「昨日」のことであり、ここに時間の錯誤が生まれます。時間というものはとても不思議なものですが、一局の将棋から「時間の永遠性」を感じさせてくれる一首です。