金之助、龍之介とが擦れ違ふ将棋盤にも東洋の秋
光森裕樹『鈴を産むひばり』
光森裕樹の第一歌集『鈴を産むひばり』(2010年)に収められた一首です。
この一首は、「ああ苦しいとみんな云ふから(夢十夜 第六夜)」という一連の冒頭に置かれた歌です。またこの歌には「龍と竜とは違ふと聞くが」という詞書が添えられています。
「金之助」とは夏目漱石の本名です。一方、「龍之介」は芥川龍之介のことでしょう。
一連の題に使われている『夢十夜』は夏目漱石の著名な作品であり、この歌が収められた連作の題から、ここで詠われている「金之助」が夏目漱石の本名であることが導き出されるようにされています。
また詞書の「龍と竜とは違ふと聞くが」は、芥川龍之介が「龍之介」と書かれる場合と「竜之介」と書かれる場合があることに触れているのでしょう。つまり、この「龍之介」は芥川龍之介を指していると考えられます。
つまり、掲出歌一首だけを見れば「金之助、龍之介」が何を指しているかはっきりと判断できなくても、一連の題および詞書から、読み手は、夏目漱石および芥川龍之介を想像することができる仕掛けになっているのです。
さて、この歌には「将棋盤」が登場しますが、将棋の駒に目を移せば、守りの要駒として「金将」があります。また、攻防の両方に活躍する駒「飛車」がありますが、飛車が成った場合は「龍王(竜王)」になります。この「金」と「龍」を「金之助」と「龍之介」とに重ねて詠んだのが掲出歌です。
つまり、夏目漱石こと「夏目金之助」と「芥川龍之介」の邂逅を、将棋の盤上における「金将」と「龍王」との闘いになぞらえた、非常に巧みでユーモアのある一首です。
実際、芥川龍之介が夏目漱石に初めて出会ったのは1915年(大正4年)の11月のことのようです。当時学生だった芥川龍之介が、夏目漱石が主催する木曜会に参加したことがきっかけです。木曜会とは、夏目漱石の自宅で木曜日に開かれていた会合のことで、漱石の教員時代の教え子や漱石を慕う者が集まってさまざまな件について議論をしていました。
「東洋の秋」とはまさに二人が出会った11月のことを指しているのでしょう。「日本の秋」ではなく、「東洋の秋」というところにスケールの大きさと語感の響きのよさを感じます。
この歌を一度知ってしまうと、これ以後将棋を指すときに金将と龍王が近づいた場面で、この一首を思い出さずにはいられなくなってしまいます。

