密かにも奸計を育てゐる少年か将棋の駒に待つたをかけぬ
中島やよひ『ポケットに歌』
中島やよひの第一歌集『ポケットに歌』(1990年)に収められた一首です。
「ふるさとの天」という一連に収録されている歌で、ふるさとにおける人間模様の一場面でしょう。
将棋で「待つた」をかける場面は、自分が指して、続いて相手が指したとき「あ、まずい」と気づいた瞬間が多いのではないでしょうか。まずいと気づいてもう一度指し手をやり直したいときによく待ったを賭けると思います。
でもここでは少し様子が違います。「奸計」つまり悪だくみを「育てゐる」と詠われています。ですから、自分が指した手が失敗してまずいと思ったのではなく、自分が先ほど指した手よりももっといい手が浮かんだので、「待つた」をかけたのでしょう。
そしてその妙手によって相手を陥れて負かしてやろうという状況が浮かんできます。
将棋という一場面において、少年の性格や考え方がとても顕わになり、奸計を育てている少年の表情までもが迫ってくるような一首です。