目にせまる一山の雨直なれば父は王将を動かしはじむ
坂井修一『ラビュリントスの日々』
坂井修一の第一歌集『ラビュリントスの日々』(1986年)に収められた一首です。
天気は雨。都会の街中の雨ではなく、山の見える場所で雨がまっすぐに降っています。
雨、将棋、父と子といった状況から、縁側で将棋を指している場面を思い浮かべました。雨と将棋の取り合わせが雰囲気を醸し出しています。
この歌に登場する「父」はどっしりとして何事にも動じない、そのようなイメージがあります。「動かしはじむ」のあたりにそんな父の姿が現れているようです。
将棋において王将を動かす場面は大きく二つあると思います。ひとつは序盤の囲いをつくる場面、もうひとつは終盤で追い詰められて逃げている場面が考えられます。この歌はいずれの場面でしょうか。
この歌の父の悠然とした印象から、追い詰められて慌てて逃げている場面ではなく、序盤でどっしりと陣形を整えていく場面がふさわしいように感じます。
実は坂井修一による自歌自註がブログに掲載されており、次のように書かれています。
まっすぐに雨の降り続く山の光景を窓にして、親子で将棋をさしている。居飛車か振り飛車か、最初の戦法が決まって王将を囲みはじめるとき、父はあらためて悠然と身構えたようだ。淡々と、しかし重みをもって「王将」を動かす父。子の挑戦をどう受けるだろうか。
自歌自註によれば、最初の戦法を決め、王将を囲み始める場面となっています。これから始まる親子の勝負の行方はどうなっていくのでしょうか。勝負の行方、父と子の対峙などいろいろなことを想像させてくれる「まっすぐに雨の降り続く山の光景」が印象に残る一首です。