将棋の歌 #11

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将棋の短歌

香車の駒のうらは杏としるされてこの夕暮をくりかへし鳴る
荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』

荻原裕幸の第六歌集リリカル・アンドロイド(2020年)に収められた一首です。

将棋の駒で、歩、香車、桂馬、銀将は、相手陣地に入った場合、金将と同等の動きをもつ駒に成ることができます。

相手陣地で金将に成るには、その駒を裏返します。ですから、これらの駒の裏にはいずれも「金」の字を崩した文字が書かれています。

掲出歌に登場する「香車」の場合も、裏面にはもちろん「金」の字を崩した文字が書かれているのですが、駒の種類によっては「杏」と書かれている将棋駒も見られます。

成駒(相手陣地に入って昇格した駒)となった香車を「成香」といいますが、パソコンでこれを表そうとすると特殊なフォントが必要となります。しかし、特殊なフォントを使わずに「成香」を表す方法が存在するのです。それがこの歌で取り上げられている「杏」という字であり、特殊なフォントを使わずに表す際に「杏」が使用されるのです。

掲出歌は、そのような香車の駒と書かれている字に注目した歌です。

ところで、結句の「くりかへし鳴る」の「鳴る」とはどのような意味なのでしょうか。

駒が成るとき、駒を裏返すわけですが、ひっくり返すときに盤上に音を立てて指されることが多いと思います。ここでいう「鳴る」とは、駒が成るときの、盤と駒との間で鳴る高らかな音を指しているのではないかと想像します。

香車の動きは一直線であり、一度にどこまでも進むことが可能です。一マスだけ進んでもいいですし、盤の端まで八マス一気に進むこともできます。したがって、どれだけ相手陣地から離れていても一気に相手陣地に入って成香となることができるのです。「くりかへし」というのは、香車が何度も相手陣地に入り、度々成香となる場面を指しているのでしょう。

将棋といえば、やはり目で見て楽しむ要素が強いでしょう。将棋の陣形や手順、玉の位置、もち駒など、視覚で味わう要素が満載です。盤上の駒だけでなく、対局者の表情、姿勢、指す手つきなどもやはり見て楽しむものでしょう。ですから、将棋は通常目で見て味わうものです。

しかし、この歌ではそんな目で見て味わう将棋の中から、聴覚で味わう将棋を抽出したところがともて鮮やかに感じられます。視覚から聴覚への転換です。「杏」という具体的な字の提示も効果を上げています。夕暮れに香車が成る音だけがどこまでも響いているような印象を与えてくれる一首で、とても味わい深い歌だと感じます。

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