カップ麺に湯を入れPHSで蓋をして呼ばれないようまじないをする
犬養楓『前線』
犬養楓の第一歌集『前線』(2018年)に収められた一首です。
現場は医療の現場、しかも救命救急という一刻を争う過酷な現場で医師として勤務にあたる著者の歌です。
この歌ではPHS(ピーエイチエス、ピッチ)が登場します。一般向けのPHSの音声通話・データ通信サービスはすべて終了しましたが、医療用PHSは現在も使われており、医療現場には欠かせないものとなっています。
この歌ですが、食事もゆっくりと摂ることができないのでしょう。仕事場でカップ麺を食べようとしている場面です。蓋をするのに、PHSを重し代わりにしたところに、医療現場ならではの臨場感が生まれています。
そして極めつけは「呼ばれないようまじないをする」の部分でしょう。カップ麺ひとつを食べるために、まじないをする人がこの世に果たして何人いるでしょうか。
まじないをせざるを得ないような状況がそこには存在しているのです。呼ばれないようにと思っても、PHSは容赦なく鳴ってきます。カップ麺ひとつも満足に食べることができない、そのような現場がこの一首から浮き上がってきます。
カップ麺という身近な食べ物から救命救急の現場を捉えた歌で印象に残る一首です。