〈きみの頰テレビみたいね薄明の20世紀の思い出話〉という巻頭歌で始まる、平岡直子の第一歌集は何?
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『みじかい髪も長い髪も炎』
『みじかい髪も長い髪も炎』は2021年(令和3年)に出版された、平岡直子の第一歌集です。第22回歌壇賞次席作品「月とカレンダー」、第23回歌壇賞受賞作「光と、ひかりの届く先」を収録しています。
本歌集を読んで感じたのは、驚きの一冊であり、一筋縄ではいかない一冊だなあということです。
難解な言葉が使われているわけではありませんし、むしろ平易な言葉の方が多いといってもいいくらいでしょう。けれども、一首と向き合うとき、その多くがすんなりと読ませてくれないのです。一首ごとに立ち止まり、何度も何度も描かれている世界を想像してみる、そんな感じです。
わからない歌も多くあるのですが、そのわからない歌でさえも、わからないことも含めて何かいいと感じてしまうことも確かです。
本歌集の歌に惹かれる理由はなぜなのかを考えつづけていたところ、次の言葉を見つけました。
それは、栞における馬場めぐみの次の一言ですが、平岡直子の歌を読んで感じる印象を的確に表現しているように感じました。
平岡直子の短歌は重力がおかしい。
難解ではない言葉が使われているにも関わらず、一首を読んだときに読み流してしまえないインパクトがあるのは、つながり方と展開にあるのでしょう。
「重力がおかしい」というのは予定調和の場ではなく、通常の想像の域を超えて展開される場ということではないでしょうか。
この「重力がおかしい」というのは一首全体にも当てはまりますが、それよりも”一首の途中で”重力がおかしくなるといった方がより適切かもしれません。
一首に使われている言葉の連続から、読み手は一首を読み始めたときに何となくこういう展開へ行くだろうという、予想ともいえないような方向性というものを抱えながら読んでいくと思います。
しかし著者の歌は、その方向性が通常の予想の範囲を大きく超えていき、そこにこそ著者の歌の魅力と驚きが現れてくるのではないでしょうか。
ひとつひとつの歌を言葉で解釈するのは簡単ではありませんが、簡単に解釈できないところに歌の力を感じますし、繰り返し読みつづけたい一冊です。
2022年(令和4年)、本歌集にて第66回現代歌人協会賞受賞。
『みじかい髪も長い髪も炎』から五首
バス停でひととき虫に懐かれてどうせ誰にでも降る雨だった
音楽がやむまできみの深淵に立ってたことを挨拶とする
負けたほうが死ぬじゃんけんでもあるまいし、開いたてのひらの上の蝶
三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
花から花はしずかに生まれてゆきながら褒めてくれたら引き金を引く