〈フリーターですと答えてしばらくの間相手の反応を見る〉という巻頭歌で始まる、松村正直の第一歌集は何?
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『駅へ』
『駅へ』は2001年(平成13年)に出版された、松村正直の第一歌集です。1996年(平成8年)9月から2000年(平成12年)8月までにつくられた作品415首が収録されています。
フリーターという生き方を自ら選び、函館、福島、大分と各地を転々としながら生活する姿が中心に詠われています。
歌の印象としては、巧みさをあまり見せないように詠われているところが巧みなのだと感じます。意味がわかりにくい歌というのは少なく、それは一見技巧的ではないように思われるかもしれないが、実はそうではなく、わかりやすいけれども見どころがある歌だと感じる歌が多いのです。
簡単にいえば、いい歌だなあと感じる歌が多いということです。それは言葉の上だけでつくった歌ではなく実体験をもとにして詠われたものであると読み手が感じるからでしょう。机の上だけでつくった歌ではないであろうという点が、読み手を歌に引き込む力強さを与えているのかもしれません。
歌集の最後の方に「靴箱」という連作があり、その中に次の一首があります。
遠き日の三つの誓い「結婚しない・就職しない・定住しない」
靴箱
その後、著者は結婚することになり「結婚しない」は破られることになりますが、そのあたりもこの連作を読めばわかるようになっています(あとがきでも触れられています)。
この三つの誓いをもって人生を送ってきたという点が、著者の物の見方に影響を与えており、それが歌に、そして本歌集の底を流れる一本の軸として表れているのだと思います。
解説で吉川宏志が「とにかく見どころの多い、短歌を読む愉しさを味わわせてくれる歌集だと思う」と述べていますが、本当にそう感じます。何度も繰り返し読み返したい一冊です。
2002年(平成14年)、本歌集にて第10回ながらみ書房出版賞受賞。
『駅へ』から五首
忘れ物しても取りには戻らない言い残した言葉も言いに行かない
抜かれても雲は車を追いかけない雲には雲のやり方がある
海の家の裏に隠れてこっそりと入道雲に空気を入れる
それ以上言わない人とそれ以上聞かない僕に静かに雪は
もう少し右もう少し幸せは近似値でしか求められない