〈椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって〉という巻頭歌で始まる、笹川諒の第一歌集は何?
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『水の聖歌隊』
『水の聖歌隊』は2021年(令和4年)に出版された、笹川諒の第一歌集です。
あとがきで著者は次のように述べています。
言葉とこころ、自己と他者、現実と夢……、何気なく暮らしていても不思議に思うことがあまりにもたくさんあります。
あとがき
また内山晶太による解説においても、言葉とこころのあとさきについて言及されています。
一般的に二項対立となるべき事象について、著者はかなり鋭敏に思考を巡らせ、捉えようとしていると感じます。それは、その二項の差異や対立を明らかにするというのではなく、むしろ二項の着地点、融合性を求めているように思われるのです。
歌集名の元となったのは次の一首です。
優しさは傷つきやすさでもあると気付いて、ずっと水の聖歌隊
「水の聖歌隊」
この歌にしても、巻頭歌にしても、対比となる言葉が用いられており、「優しさ」「傷つきやすさ」また「深く」「浅く」といった二項が登場します。それらは決して相反するものとして提示されるのではなく、同時に存在し得る、行き来可能なものとして読み手の前に表れるのです。
しかし、初めから二項の融合性を把握しているわけではなく、どちらかといえば対立の位置にある二項に対して、詠う中でその共通項を探っているといったほうが適切なような気がします。
結果として、二項の境界は曖昧になり、その自由度が高まれば高まるほど、歌の深みが増していくのではないでしょうか。
本歌集の歌には「水」のイメージが多く登場しますが、これはまさに二項対立から二項融和への方向性のイメージとぴったり合うように感じます。
水のやわらかな感触が、聖歌隊の音楽的要素とともに、どこまでも広く深く続いていくような印象のある一冊です。
2021年、本歌集にて第47回現代歌人集会賞受賞。
『水の聖歌隊』から五首
手は遠さ 水にも蕊があると言うあなたをひどく静かに呼んだ
こころを面会謝絶の馬が駆け抜けてたちまち暮れてゆく冬の街
今でもきみの中にあるのか僕にはあるけれどもきみのさびしいルクア
しんとしたドアをこころに、その中に見知らぬ旗と少年を置く
目を閉じて広がる海へ次々と言葉を密輸しに鳥が来る