〈くちびるに絵を描くことはむずかしいまして納得できる絵なんて〉という巻頭歌で始まる、森口ぽるぽの第一歌集は何?
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『インロック』
『インロック』は2022年(令和4年)に出版された、森口ぽるぽの第一歌集です。ナナロク社主催の「第1回 あたらしい歌集選考会」で、岡野大嗣選として刊行が決まった一冊です。
本歌集をひとことでいうのはなかなか難しい一冊だと感じました。それは記号などを用いて表現自体に制約をかける歌々があるのですが、それがかたちを変えて何度も登場しており、これをどのように捉えていいのかが最後までわからなかったからです。歌集すべての歌がそのような制約があるのであれば別ですが、ところどころに登場するというのもその理由のひとつです。
例えば、Aちゃん、Bちゃんといったアルファベットを使った人物を登場させる歌の連作が繰り返しつくられています。一首の中に「○○ちゃん」という言葉は二回表れる歌がほとんどですが、これら二回の○○ちゃんは同一人物を指しているのかそうでないのか、よくわからなくなってきます。同一ととってもいいし、そうでないととってもいいのでしょう。アルファベットはA~Y(a~y)は登場しますが、Z(z)は登場しません。これも何か理由があるのでしょうか。「Zちゃん」という音数の悪さなのか、Zを除外することで完成されていないことを示しているのか、とにかく謎が多いと感じます。
このような特徴がある歌集ですが、通して読むと、手や指、足、目など身体に関わる言葉が多く登場することに気づきます。しかし、身体的な歌かというとそうでもないようです。身体を前面に出すというよりは、ある感情を表出するために、身体に関わる言葉が登場するといったほうが合っているように思います。このような歌はどちらかといえば、外部から何かを受け取ったというより、内部へと深く掘り下げていった末に生まれた歌なのではないでしょうか。
発想がどこから来ているのかわからない歌も多数ありますが、それが繰り返し歌を読む動機にもつながります。つまり、あっさり理解できる歌ではないからこそ、何度も読みにトライしてみたくなる一冊です。
『インロック』から五首
がっちりと締められている蛇口から介護がどんなものか感じる
どれくらい我慢してるの?黒点がだんだん穴に見えてきました
青空をさえぎるものが瞼ではないとき距離に手が差し込める
シナプスを手ゆびで間引きたいときに頑丈な頭蓋はおせっかい
Oちゃんは歯並びがいいOちゃんはウォシュレットでも暇を潰せる