〈自転車は昔なくしてそれ以来持っていなくて銀の自転車〉という巻頭歌で始まる、鈴木ちはねの第一歌集は何?
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『予言』
『予言』は2020年(令和2年)に出版された、鈴木ちはねの第一歌集です。2015年(平成27年)以降につくられた作品が中心に収録されています。
書肆侃侃房主催の第二回笹井宏之賞において「スイミング・スクール」で大賞を受賞し、本歌集はその副賞として出版されました。
本歌集を読んでいて「喪失感」のようなものを特に感じます。それは詠われている歌には、過去の記憶が土台となっていると思われるものが多くあるからかもしれません。
喪失感といっても、寂しい、悲しい、後悔といったようなものではありません。出来事は出来事として受けとめているのでしょうが、あったかもしれないもう一方の道への心寄せのようなものを歌の背後に感じるのです。それは、ある、ないといった比較するような歌が少なからず詠まれていることとも関係しているのでしょう。
読んでいて、読み手がつらくなるというような歌ではなく、むしろどんどんと次の歌を読み進みたくなるような歌にあふれています。
多くの人が記憶の外に置いてきてしまった出来事を丁寧に描写しており、だからこそ本歌集を読んだときに懐かしさや喪失感といったものを感じるのだと思います。
成長するにつれて失ってしまった感情や記憶を思い出させてくれる、そしてそれが心地よさを与えてくれる、そんな一冊ではないでしょうか。
『予言』から五首
遠くからよく見えていたマンションのふもとまで来て飲むコカ・コーラ
いい路地と思って写真撮ったあとで人ん家だよなと思って消した
そのときは現在だった風景が窓越しにとめどなく流れる
近景にあなたがいても遠景にあなたはいない 夏がはじまる
靴べらで靴へと足を流しこむ こういう時間の先に死がある